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2024/09/29 07:59 |
かみさま、あんまりです。【ジャンベル】
諦めの悪い見張りと、瞳の色をした結晶の話。
●ネタバレ・捏造注意●



拍手[2回]



 俺にベルトルトを助けることはできない。
 こんな大惨事を引き起こした奴は、歴史上こいつら以外にきっと居ないだろう。人類の敵、その象徴。ああ、それなのに、その相手は俺の唯一で、こんなのってないじゃないか。



かみさま、あんまりです。


 相手のどこが好き、と尋ねられたベルトルトは恐ろしく時間をかけて悩みながらいくつか好きなところを挙げて「やっぱり全部、かなあ」と答えた。別の日になったけど、同じようにジャンに訊いたら即答で「どこでもねえよ」って答えをくれた。どこが好きなのかすら分からないけどやっぱり好きだ。多分同じ意味なんだろうな、と僕は思う。理由のないものから人が逃げられるはずはないから、二人が同じ気持ちになるのは当たり前のことだったんだ。運命ってやつだね、と親友に告げれば照れ隠しの罵倒と一緒に「……おう」とささやかな惚気を貰った。

「そういえば、ベルトルトの誕生日今日なんだってね。ジャンは何かあげるの?」


 今日がベルトルトの誕生日だということを、俺は知らなかった。ベルトルトは公言しなかったし、ライナーが皆に言わなければ誰も知らないままで終わっていただろう。ベルトルトは自分のことをあまり話さない。それでもこいつは一応俺の好きな人で、好きだと伝えてからも拒絶されたことはないわけで、だからこそ俺は腹を立てていた。ベルトルトにじゃない。訊ねておかなかった自分自身にだ。欲しいものなんてないよ、貰える立場じゃないんだときたもんだ。あのなあ、と仁王立ちで夜明け前の空の色をした目を真っ直ぐ見て呼びかける。
「俺はライナーみたいにお前のことを何でも知ってるわけじゃないし、訓練の成績だってお前より悪いし、お前の家族でもなんでもない。だけどな、お前のことはゆっくりでも知っていけるし、成績は上げてみせるし、お前が望めば家族にだってなれるぞ。それじゃ、不満かよ」
 ベルトルトは困った顔で笑った。泣きそうだ、と思う。
「まさか」
「何でもいいから、言ってみろよ」
 じゃあ、とベルトルトは紡ぐ。縋りつくように伸ばされた手のひらが、俺の頬を撫でた。熱いくらいだった。
「お願いだ、ジャン。ほんの少しの間で良いんだ」

 僕を、人間にしてよ。

 食事前のお祈りよりも小さな声で囁かれた言葉だったけど、俺は聞き逃さなかった。
 頬に置かれた手に自分の手を重ねて好きだ、と伝える。思いがけないプレゼントをもらったみたいに丁寧に受け取って仕舞いこむベルトルトのことを、やっぱり好きだと思った。何度だって伝えよう。答えがなくたって構わない。ベルトルトは、泣いていた。慰めるように唇を柔らかく食む。ぼろぼろと涙は落ち続けていて、止む気配はなかった。微笑んだベルトルトが幸せそうで、それだけでもう、十分だった。


「……ごめんね。僕には、君のために死んであげる命がない」
 体温を分け合って、指を絡めたままで伝えるにはあんまりな言葉じゃないだろうか。
「心臓は人類に捧げたからってか?お堅いこと言うのはマルコだけで十分だぜ、ベルトルト」
 そうだね、とベルトルトは目を伏せてまた困ったように笑った。涙のあとが目じりや頬に残っていて綺麗だなと思う。美し過ぎる何かは、偽物みたいだ。
「僕は早く死にたい」
 何のために死にたいんだとは、訊かなかった。そんなことはどうでもいいことだったからだ。少なくとも人類のために、ってことはないだろう。はあ、と大きく吐いた俺の溜め息にベルトルトが怯えた。さすがにそれくらい分かるようになった。この暫定成績第三位への気持ちだとか諸々を差し引いたって、同期の訓練兵だ。それが分かるくらいには同じ時間を過ごしている。

「お前の言う死にたいは、しあわせになりたいの略ってことにする。お前が何と言おうとそういうことにする!んで、俺が幸せにしてやるから、幸せになったら、もう言うな!」



 ベルトルトは逃げた。
 走るのでもなく、壊すのでもなく、燃え尽きた超大型巨人の中から結晶になって現れた。



 トロスト区奪還作戦から、俺たちは泣かなかった。
 好きだと伝えたときも、幸せにしてやると宣言したときも、俺の目の前でぼろぼろと泣いたベルトルトは、作戦が終わったときにはいつも以上に死にそうな顔をしていた。夜明け前の空を閉じ込めた色の目には葬送の炎が映り込んでいたが、何も見てはいなかった。
 体は震えて、声は上擦ったけれど、涙が枯れてしまったみたいに、俺たちは泣けなかったのだ。

(泣き虫のくせに。助けてもらいたがってるくせに。あんなに嬉しそうに笑ってたのに)

 俺にベルトルトを助けることはできない。
 こんな大惨事を引き起こした奴は、歴史上こいつら以外にきっと居ないだろう。人類の敵、その象徴。ああ、それなのに、その相手は俺の唯一で、こんなのってないじゃないか。


 地下の中央に据えられた半透明の結晶は鎖で固定されている。中にはベルトルトが存在しているのに、触れることさえできない。超大型巨人はかたく目を閉じたまま俯いていた。王政のごたごたがひとまず落ち着くと、俺は見張り役に名乗り出た。交代での見張りとはいえ、好きな奴の近くに居るのを許されるというのは俺にとっては大事なことだった。
「お前、寝相悪いから。蹴破って出てくるって可能性もあるよな?」
 明日の天気は何だろう。起こしてくれてありがとう、ジャン。ごめんね。音のないところにいると、声が聞こえるような気がする。聴こえるといいって俺が思ってるだけなんだろう。太陽の光が入らないようにしてある地下だ、ランプを灯して書類を整理していると、上階の扉を開く音が静寂を破った。
「ジャン、お前ちゃんと寝てんのか」
 俺に声を掛けた同期は俺よりもライナーやベルトルトと話したことが多かっただろう。ひょいひょい、と身軽に階段を下りてくる。任務で正装だからか、使うこともない立体機動装置も付けているというのに相変わらずだった。
「問題ねえよ」
「大丈夫だったら俺が古城の伝令役になんて選ばれるわけないだろ、バカにだってわかるぞ。なかなかお前が本部に顔出さねえから、サシャとかミカサとか心配してんだぞ。アルミンもそのうちこっち来るって言ってたし」
 コニーは「ほんとに」と付け加えた。嘘は吐けないバカだから、きっと本当にそうなんだろう。見張りはもちろん、仕事のないときにだって地下に籠っている同期を放っておくような奴等ではなかった。そんなことは分かっている。
「……超大型巨人だぜ、やめとけって言われるだろ。頭では分かってんのに、心の中では違うそんな奴じゃないってばかみたいに信じてる自分が居るんだよ。だって、今まで自分が見てきたあいつらを否定したくないからな。どうしても。あいつは図体のでかいただの泣き虫だって、俺は知ってるから」
 誰かに吐き出してしまうと、少し楽だった。あいつ俺の前じゃ泣かないぜ、とコニーは俺の目を真っ直ぐに見て言った。
「俺はベルトルトが泣いてんのは見たことねえ。泣きそうな顔だけだ。でもジャンがそういうんならきっとそうなんだろ。俺は、やめとけなんて言わねえからな。ベルトルトは、良い奴だ」
 過去形でもなく、正論でもなく、ただ断定の言葉が優しかった。コニーはいつだって真っ直ぐだ。
「ひでえことを言ったままなんだ」
 けどよ、お前、あんなことした加害者が、被害者たちの前で、よくぐっすり眠れたもんだな。
 そう伝えたときのベルトルトの顔は見えなくても分かった。泣いていたに違いなかった。俺の言葉をそのまま受け止めて、死にそうなくらい苦しんだはずだ。あんなのは人を殺したことなんてあるはずもない、甘ったれたガキの言い分だった。誰が人なんか殺したいと思うんだ。
「じゃあ、謝らねえとな」
違いない。俺は謝って、赦しを乞うて、どうしたって伝えなくてはいけない。
「……ああ」


 見張りの役目はいたって地味で、単調だ。俺の好きな奴ときたら寝坊するにも程があるってレベルで眠り続けている。この十年ほど。瞳の色をした結晶に閉じ籠もって。夜明け前の空を閉じ込めたようなそれは確かに石で、ひんやりと冷たかった。忘れられるはずもない、ベルトルトの瞳の色をしていた。
 結晶越しのキスをしても相変わらずベルトルトは眠り続けている。

「待つのはもう、飽きたよ」
 相変わらず見た目だけは可愛らしい調査兵団参謀は、冷たい結晶に手を当てる。
「奇遇だなアルミン、俺もだ」
 壁の中の巨人を動かすことができるなら、結晶化したベルトルトを、アニを、そしてライナーを、叩き起こすことができるはずだ。仮説と策をひたすら練って、いつになるか分からない計画を俺たちはきっとやり遂げる。
「許可はもぎとってきたんだ」
「さすが。容赦ねえ」
「……褒め言葉だよね?」


 結晶越しのキスくらいで諦めるような男には、好きな奴を幸せにする資格はないよな。
 そうだろ、ベルトルト。目が覚めたら、何度だって死にたいって言え。幸せになりたいって泣け。

 お前の笑わない世界は、つまんねえよ。

 

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2015/02/08 03:57 | 進撃(SS)

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