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2024/09/29 07:56 |
さよならポラリス【ジャンベル】
車の中で寝るのが好きなジャンと、泣き虫の話。

●ぼんやりしたネタバレ・諸々注意●
全く違う話になってしまったので、オマージュ(かもしれない)くらいの心意気です。



拍手[2回]



遠くで勝鬨があがり、俺は人類の勝利を知る。

足元では泣き虫の仲間が息絶えていて、助けたかった手を掴み損ねた俺のそれは武器を握りしめている。三年と少しの間に呼び慣れた名前を紡ぐが、当然応えはない。全て投げ出してしまいたいくらいに悲しいのに、俺の涙はすっかり枯れてしまったようだった。

ふと気付くとおれは教室に一人佇んでいて、相変わらず助けてを言えないそいつが一人俯いているのを、みた。今度こそ助けてみせると決めた。突き飛ばされたそいつを庇おうとした身体が窓から飛び出して、宙に浮いた。そのまま景色がぐるぐると歪んで、今度は車の中にいた。いつものおれの特等席だ。彼がびっくりした顔でこちらを見つめている。


回る、廻る、まわる。


さよならポラリス


自分の家の、車の中で寝るのが好きだ。
十歳にもなって、と母ちゃんの言葉である。また勝手に中で寝てたの、バレたんだろうか。車の動き出した気配を感じて、おれはもそもそとクッションの隙間から顔を出した。
「えっ」
運転席から振り返ったのは、小綺麗な格好のやたら背の高い青年だった。誰だ。座っているのに、座高だけでおれが全く届かない車の屋根より背が高いと分かる。見かけたこともなく、だから当然おれの家族ではない。
「えっ、君、ずっとそこにいた?」
頷くと困ったなあ、と心底困ったように呟いた。どちらかといえば困っているのは家の車で寝ているうちに車ごと移動していたおれじゃないかと思うが、あんまり弱った声音で話すから申し訳なくすら思う。それでも、始めが肝心だ。おれは出来る限り凛として問う。
「あんた誰だ」
「僕はベルトルト。……君は?」
「ジャン」
そっか、と頷きながら流れるような動きでベルトルトは散らかっていた助手席を片手で片付けた。
「それじゃあジャン、前の席に来る?」
「おう」
「運転中に急に噛み付いたり、暴れたりするのはだめだよ。二人共死んじゃうから」
死ぬなんてごめんだ。おれは動物が死ぬのも嫌で、世話係や飼育委員なんて絶対にやりたくないし、金魚の餌係だって断るくらいだ。座席の間を通り抜けて助手席に座った。シートベルトを締めると偉いね、とこちらを見ないまま彼はおれを褒めた。
「おれが居なくなったこと、家族がすぐに気付くぞ」
「……君、家の車に勝手に乗ってたんだろ」
「ぐっ」
「危ないよ、ひとりで車に乗ってたら」
ベルトルトの言うことはもっともだった。現におれはさらわれているし、車はまるごと奪われている。
「降ろしてくれよ」
無理だろうと分かっていたけど、一応頼んでみた。高速道路の景色は飛ぶように過ぎているけど、何メートルかごとに公衆電話があるのをおれは知っていた。
「だめ。降ろしたら君、家に電話するだろ。僕はまだこの車を借りていたい」
「お金ないから電話できねえもん」
唇を尖らせて言った。嘘だ。いつも持たされているポシェットには電話ができる程度の小銭入りが入っている。
ベルトルトは少し考えてふむ、と頷いた。
「ジャン、これは誘拐じゃないよ。君のことは必ず家に帰してあげる」
こちらを向いた深い緑の瞳には涙の膜が張っていて、「信じる?」という彼の言葉におれは頷いた。
信じるか、と十歳の子どもに問うベルトルトを信じる以外の選択肢が、おれには思い付かなかったのだ。


不用心にも、ベルトルトはパーキングエリアでおれのトイレにさえついてこようとはしなかった。売店の人に知らせるか、トイレで誰かに助けを求めるか、考えてやめた。勝手に車に乗り込んでいたこと(しかも連れ去られたこと)がバレたら相当怒られるし、もしかしたら今日の夕方までに家に帰れるかもしれない。だんだんと見える看板にのる地名が見たことのないものになってきたから、無理かもしれないなあ、とは思っている。
「時間がないからパンでいい?」
一体何の時間がないのか、おれには分からなかったけど、大丈夫だと頷いた。パンは好きだ。
「親子のふりしてもらえる?」
「ベルトルトはそんなにおっさんじゃないだろ。兄ちゃんのが自然だ」
「しっかりしてるなあ」
おれよりうんと年上だろうに、ベルトルトは感心したような声をあげる。お前が考えてなさすぎるんだ、たぶん。
かくして、おれの夕飯は名前しか知らない男と食べるパンになった。不健康極まりない。


車の中でパンをかじる。売られているところから買うところまで見張っていたし、そのあとはおれがビニール袋を受け取ったのだから安全だろう、と考えてのことだ。紙パックにストローをぷつんと刺してジュースを飲む。家ではなかなか買ってもらえない種類だ。体に悪いものは、おいしい。
「さっき、もう戻って来ないかと思ってたよ」
ベルトルトの声はひどく穏やかだった。信じると答えたおれが裏切って居なくなるのは当然だというような、諦めた声だった。
「信じるって言っただろ」
「……ジャンは、いい人だね」
ベルトルトの言葉に全身が粟立った。ざわつくクラスメイトたち、泣き出す喧嘩相手、いやなやつだと吐き捨てる声。
(……いい人なんかじゃない)
すぐ喧嘩するし、殴るし、口も目つきも悪いし。いい人なんかじゃないんだ。
「ど、どうしたの」
急に泣き出したおれにベルトルトは慌てふためいて、自分のパンを千切っておれに食べさせようと持たせたり、自分のコートで俺を包んだり、頭を撫でたりした。
「……おれ、いやなやつだって、学校で言われてんの思い出したんだ。それだけ」
先生からの通知表のコメントはいつも同じだ。もっと皆と仲良くしましょう。それにどんな意味があるんだろう。少なくともおれは何もしてないやつにひどいことする奴らとなんて、仲良くは出来ない。
「ジャンは優しいと思うけどなあ」
立てばおれの倍はあるんじゃないかという身長のベルトルトはおれと視線を合わせて、緑の瞳を細めた。きれいな淡い色に泣き虫なクラスメイトを思い出した。
「……おれのクラスに居るんだ。お前そっくりなやつ。あんまり喋んないし、よく泣いてる。おれ引っ越して来てすぐだから名前も知らねえけど」
いじめられてんのは知ってる、と口の中だけで続きを言った。
彼は何をされても絶対に何も言わない。やりかえさない。おれはそれが気に入らなくて、いじめる奴らのことはもっと許せなくて、名前も知らないのに、こいつを助けなくてはいけない、と思った。良い子ちゃんぶってると思われてもいい。今度こそ、こいつのことを助けなくては。
「……少なくともその子は、ジャンのことをいやなやつだとは絶対に思ってないよ」
助けてあげたんだろ、と頭を撫でられるとまぶたが重くなった。お腹がいっぱいなうえに、ベルトルトの手のひらがあんまりあったかかったからだ。おれ、そんなことまで喋ったっけ。そう訊こうと思ったのに、おれのまぶたはもう開かなかった。





吹き込む風を顔に感じて、目が覚めた。辺りはすっかり暗く、吐く息がなんとなく白い。
こんな時間に起きているのは初めてだったから、そわそわした。デジタルの時計の数字は3:06となっている。今は夜なんだろうか、朝なんだろうか。
「あれ、ジャン、起きちゃった?」
白い息を吐くベルトルトが車の外からおれを覗き込む。冬の空気は澄んでいる気がするから、好きだ。
「ベルトルトは寝ないのか?」
「うん」
何の迷いもなく彼は頷く。後ろには広い駐車場と、夜の闇が広がっている。
「なんで?」
「見てもどうせ最低な夢ばっかりだから」
ベルトルトは持っていたカフェオレの缶をおれにそっと手渡して(まだ温かかった)、車のドアに寄りかかった。
「どんな夢?」
きいてはいけないのかもしれない、と思いながら俺は尋ねる。きいちゃいけないことをきかれた大人はすぐに怒るから、嫌いだ。
「…………僕は一人、広いところに立ち尽くしている。辺りには小さな花がいっぱい咲いていて、とにかく広い。高い壁もある」
「それのどこが最低なんだ?」
全く分からなかったので正直に重ねてきいた。試しに思い浮かべてみたそれは綺麗な景色だと思う。草原、花畑、そびえる高い壁。
「花が血の色をしている」
低い声で彼は付け足した。
「さて、そろそろ出発しようか。エアコンをいれよう」
血の色。誰の。ベルトルトは怯えているような注意深さで、真実を隠す。おれには分からないように、それはもう注意深く。
「星が見えるな」
だからおれは、ごまかされてやる。ベルトルトが言わないことは、きっと言いたくないことなのだ。手違いで連れて来られただけのくせに、おれにはいつか話してもらえるという確信があった。
「冬の星だよ。あの、一番光ってるのがポラリス」
「へえ」
カフェオレを飲みながらベルトルトと星を見ていると、何だか賢くなったような気がする。気のせいだろうけど。何かニュースで面白いことを観たのに、思い出せない。賢いことを言って感心させたいのになあ、と残念に思う。
「ジャンは車が好き?」
「好きだ。乗って寝てると落ち着く。どこに行くか考えんのも楽しい」
「……僕の大事な人は、うん、やっぱりその人も車が好きだったな」
好き「だった」。また隠した、と気付いたけど、何も言わなかった。ベルトルトはきかないで欲しいと全身で質問を拒んでいたし、尋ねたら泣きそうな雰囲気すらあった。
「……ジャン、約束して。自分を大事にして。誰かを庇うよりも先に、自分を守って」
すごく寒くなると星がささやくってのをニュースでみたんだ、と思い出したことを伝えようとしたのに、吹っ飛んでしまった。おれは自分が大事だから、誰かを庇うなんてそんなことはあり得ない、と思う。だけどベルトルトがまた泣きそうな顔をしていたから、おれは頷いた。
「……約束する」





「じゃあね」
ファミレスでお腹いっぱい食べたおれを助手席に座らせて、ベルトルトは声を掛けた。
「エンジンをかけちゃダメだよ。しばらくしたら、お店の人に声を掛けるんだ。いい?」
「ベルトルト」
うん?とベルトルトはおれをコートでくるみながら首を傾げた。
「お前もちゃんとおれのこと信じろよ」
「……いつだって信じてるよ。本当だ」

ばたん。閉じられたドアの向こうでベルトルトは笑って手を振った。

ベルトルトはおれを暗いところに連れて行かなかった。彼の世界に突然紛れ込んだおれを、行く先へ連れて行こうとは決してしなかった。この世ではないどこかへ逃げ出そうとしていたベルトルトは、おれをそこから遠ざけた。信じる?とあいつは訊いた。何度訊ねられたっておれは信じると答えるだろう。

駆け付けた母ちゃんはあんたって子は!とおれの頭にゲンコツを落としてぎゅっとおれを抱き締めた。謝ったら、後はずっと泣いていた。やってきた他の大人たちは悪い奴に変なことをされなかったかと口々に尋ねた。おれは大丈夫、でも顔も名前もよく分からない、で押し通した。ベルトルトは悪い奴じゃないから、それが腹立たしかった。


おれのクラスに居るんだ。お前そっくりなやつ。あんまり喋んないし、よく泣いてるけど。おれ引っ越して来てすぐだから名前も知らねえけど。少なくともその子は、ジャンのことをいやなやつだとは絶対に思ってないよ。
ベルトルトに話した泣き虫のクラスメイトに、おれは声を掛ける。


たった独りでいじめられていたそいつの名前は、ベルトルト・フーバーといった。



お願いだから車じゃなくてここで寝てね、ちょっと狭さが車の後部座席に似てるだろ。そう言って俺をソファに寝かし付けた同居人の姿は既にない。今日の日付を思い出して、寝起きの俺はコートを引っ掛けてゆっくりと階段を降りた。初めて会った記念日の日付について、今日か、それとも俺が転校してきた初日かでそれはもう散々揉めたのだ。忘れるはずもない。喧嘩したときの仲直りの台詞はいつも同じ、俺が謝って「僕はやっぱり君がいないとだめみたいだ」とベルトルトが笑う。
寒くて、冷たくて、冬の空気は澄んでいる。

「よう、ベルトルト。どこか行くなら俺も連れていけよな」
車を掃除していたらしい同居人はくすぐったそうに笑う。
「……もう大丈夫だよ。おはよう、ジャン」
「おう、おはようさん。一人でどこか行こうとすんなよ。今日はお前と会った記念日なんだからな」
ずっと変わらない緑の瞳が俺を映す。俺がいじめられっ子のクラスメイトを庇って窓から落ちて死んだのも、人生に嫌気がさしたベルトルトに車ごと攫われたのも、大人になるまで何とか生きたベルトルトがどこか独りで死んだのも、全部ぜんぶ夢かもしれない。二人共が覚えている、質の悪い夢。だってこうして俺たちは二人共大人になって、ちゃんと生きているのだ。
「何度も言うけど、僕は君が転校してきた日から知ってたし、助けて、もらったし。だから初めて会った記念日は譲らないからね」

今度こそ、一緒に生きよう。何度だってお前を助けよう。
(信じてるよ、ジャン。いつだって。)



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2014/12/07 16:36 | 進撃(SS)

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