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2024/09/29 09:19 |
すき。【庄鉢】
ちっちゃい鉢屋くんの話が見事にシンクロしたので。
年齢操作あり、ご注意ください。






拍手[2回]


戀という字を分析すれば いとしいとしと言う心
(作者不詳)



「庄ちゃん、好き」
学級委員長委員会の真っ最中に、鉢屋先輩は小さくなってしまった。歳は四つくらいで、当然だが僕より背も低い。
どうしてなのかはさっぱり分からない。だけど、伝わってくる体温と声は本物のはずだ。
「好き」
温かくて小さな鉢屋先輩はそう言ってふにゃんと笑う。
忍びなんて何の関係もない、嘘も吐けないただの子どものように。
僕から離れない鉢屋先輩を見て、尾浜先輩は苦笑した。
「これで五年長屋に戻るのも酷だよね。今日はここで寝ようか。向こうに戻ったら間違いなく色んな人に遊ばれるし、庄左にも迷惑掛かるだろうし」
まさしく鶴の一声、だから彦四郎も一緒に庵に泊まることになったの、だけど。
「こら!鉢屋、こっちで寝なさい」
尾浜先輩の言葉に、やだ庄ちゃんと寝る!と駄々をこねる。
(…ちっちゃい先輩は、色々と、だだ漏れでした)
僕よりうんと小さい彼は、僕の体にしがみついている。吐息が胸元にかかって何だかくすぐったかった。うえええ、と上がる声は庄二郎が泣くときのそれに少し似ている。
「庄ちゃんがいい!」
その言葉が純粋に嬉しかった。
好き、も、庄ちゃんがいい、も滅多に言って貰えるものではないから。
「……じゃあ僕と彦四郎の間でどうですか?」
折衷案を出すと琥珀色の瞳がこちらを見上げて、頷いた。
「うん」
決まりだ。
「尾浜先輩は戸の方でお願いします。僕が壁際に行きますので」
ずるずると僕の身体を伝って降りた鉢屋先輩は布団を引きずった。
「鉢屋先輩、半分持ちます」
駆け寄った彦四郎が布団の反対側を持ち上げる。
「ありがとう、彦。やさしいなあ」
眩しそうに目を細めて鉢屋先輩がお礼を言う。彦四郎の頬が赤くなった。
「お身体に異常はなさそうですね」
「庄ちゃんってば冷静なんだから……鉢屋、元に戻って恥ずか死にしなきゃいいけど」
尾浜先輩は呆れた顔で呟く。それもそうですねと同意していたら、庄ちゃんは?と下から尋ねられた。
「庄ちゃんは、いやじゃない?」
「まさか。むしろ、喜んでますよ。嬉しくて」
嬉しそうに鉢屋先輩が笑う。
尾浜先輩もつられたようにくすくす笑って良かったね鉢屋、と頭を撫でた。

鉢屋先輩は僕の腕の中にぴったりおさまった。そのままぎゅう、と抱き締めていたら、いつの間にか眠ってしまったらしい。いつもより温かい先輩は庄二郎と同じ匂いがした。お日様の匂い。
ふふ、と僕は笑う。
「どしたの?」
尾浜先輩の声に、思ったことをそのまま応える。
「僕、鉢屋先輩に我が儘を言って欲しかったんだなあと思って。それで、この人の我が儘は全部叶えてあげたかったんだなあって、今気付いたんです。……おかしいでしょうか」
「ううん、何も。おかしいなんて言う奴は俺がやっつけてあげるよ」
尾浜先輩は笑って、そう請け合ってくれた。


(思えばあの頃からずっと、僕はあの人が好きだったんだな)
尾浜先輩は気付いていたのかも知れない。
つい先日、学園長先生のお遣いで学園に来た鉢屋先輩に、僕は想いを伝えたばかりだ。
庭に植えられた桜がそよいで、花吹雪が舞う。
先輩方が卒業されて、三回目の春が来た。


「……う、わ」
もこもこの鬘が、庵の中に見えた。まだ声変わりしていない声と一緒に。
どうしてかもじの大きさが変わらないのか不思議だ。
そう思いながら、僕は不破先輩の顔をした彼の前に屈んだ。
あのときと同じ、学園長先生の庵。僕はもう五年生だけど。
「小さな鉢屋先輩にまたお会い出来るなんて思いませんでした」
少年が顎を引き、明るい鳶色の髪が揺れる。
「相変わらず庄ちゃんったら冷静ね!……私だって、こんな格好で君に会う気はなかったよ」
裕福な家にあるような大きな人形そっくりだ。
丈の合わない着物から考えるに、誰にも言わず元に戻るまでここに隠れているつもりだったのかも知れない。
「ちょっと待って下さいね」
一番下の戸棚の床板を二回叩く。絡繰りが動いてぽっかりと空間が開いた。
一年生の制服を取り出してどうぞ、と渡す。
「……そこ、いつ気付いたの」
鉢屋先輩は小さな顎で戸棚を指す。
「先輩方が卒業されてすぐです。彦四郎も知っていますよ。床の間の下とか、畳の下とか」
先輩たちが急に居なくなった僕と彦四郎は、覚悟していたはずなのに悲しくて寂しくて、でも自分の組で言いたくなくて、何かと理由を作っては二人で庵に居た。
先輩たちと二年間を一緒に過ごした庵には、探してみるといくつかの隠し場所があった。
忍術学園の制服や真っ黒な忍び装束、長期間保存出来る水飴が壺いっぱい。いつか見付ける後輩たちへ、という書き出しの暗号。僕たちの似顔絵の描かれた半紙。一際大きな隠し場所には、思い出がたくさん詰められていた。
「思ったより早かったなあ」
そうと分かっていたら勘右衛門の奴もっと甘味をいれておいただろうに、と彼は肩を竦める。
ここは、学級委員長委員会以外の生徒はほとんど立ち入らない場所なのだ。ずっと見つからないことだって有り得る。
「僕たちが見付け損なったらどうされるおつもりだったんですか」
「それはないよ」
自信に満ちた声で間髪入れず答えられて、僕は一瞬応えられなかった。
「それは絶対にない。私の自慢の後輩だからね」
「……ありがとうございます」
床に脱ぎ捨てられた行商人の服を畳む。きっとここに来るまでの変装用だ。
「以前は覚えておられなかったでしょう、小さくなったときのこと」
僕がまだ一年生だった頃、当時五年生だった鉢屋先輩は四歳くらいまで縮んでしまわれたことがあった。原因は今でも不明のままだ。
「迷惑を掛けたみたいで返す言葉もない……」
いいえ、と本心から言った。迷惑だなんて思いもしなかった。
いつもは教えてくれない気持ちと、初めて我が儘を言って貰ったあの時間は、僕の大切なたからものだ。
何も覚えておられなかったのは残念だったけど。
「いつぞやの原因もあの狸爺に決まっているよ……全く、茶菓子だからって出されたものを食べるんじゃなかった!」
この人は存外学園長先生を信頼しておられるから、騙されるのは仕方がないかも知れない。
僕は鉢屋先輩に手を差し出した。
「お手をどうぞ」
小さくなった自分の手を見て彼は嘆息した。
「小さいと、このちょっとが遠いな」
そう言って、先輩の小さな手がぎゅ、と僕のそれを握る。
「私だったら、きっと諦めてしまった。こんなに遠いなんて」
庄左ヱ門は凄いなぁ。的外れなことを言って、鉢屋先輩はまた溜め息を吐いた。
凄いことなんて一つもない。
「先輩がいつも、手を差し伸べて下さったでしょう」
少しでも力を込めたら壊れてしまいそうだ。子どもの手って、こんなに小さなものだっただろうか。
あの頃の先輩もこんな風に、壊してしまいそうで怖かったんだろうか。
「……このまま元に戻らなかったら、どうする?」
ずっと変わらない琥珀色の瞳が下から覗く。
「愛想を尽かして他の誰かのところに行っても、私は責めないよ」
ふざけるような言い方だった。だけど、鉢屋先輩は本気だ。
「今まで十分待ちました。それが多少延びたところで、僕は心変わりなんてしませんよ。貴方が大切ですもの」
この人は本当に僕を責めないだろうけど、その分だけ自分を責める人だ。分かっている。
僕は、ずっとずっとこの人だけが欲しくて、傍に居たかった。
「せっかく先輩の方が小さいんですから、たくさん甘やかさせて下さい」
彼は口を開いて、何も言えずに閉じて笑った。
ねぇ庄ちゃん、と鉢屋先輩は涙できらきら光る目を閉じる。
「あのね、私は君が大好きだよ」
少年の姿に似つかわしくない落ち着いた声で、本当に。と付け足した。
「もちろん、僕も大好きです」


すき。

(きみをすきになってよかった。)



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2011/09/07 18:14 | RKRN(小噺)

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