忍者ブログ
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


2024/07/01 18:58 |
こんな特別要らなかった【雑→伊雷】
痛みを知らない伊作の話し。

少し破廉恥かも知れないです。一年後設定、色々とご注意ください。
1月28日で伊不破の日。伊雷の日、おめでとうございます!

あけましておめでとうございます。どうか、貴方の巡る季節が佳きものでありますように。


拍手[0回]



背後から腕を回した。起きているくせに抵抗も無く、僕の指は彼の首に触れた。
細い首、冷めた温度、脈打つ拍動。
「なんだい」
「……絞め殺してやろうかと思いまして」
「してみたら」
やってもいいといわれてやめてやるような関係では、ない。
「意外と痛いなぁ、これ」
ころころと笑う。
あんたなんか。いつだったか、そう言って僕は独りで泣いた。
無関心であれたら良かった。憎しみだとか、悲しみだとか、何一つ押し隠せやしない。取り繕うこともできない。
嫌いだと言いながら受け入れて、気持ち悪くてまた泣いた。死ね。死んでしまえ。

久し振りの悪夢だ、と自分の夢を判じて箸を持つ。
無事に卒業した一年上の保健委員長は、どこそこの戦場に現れては治療をしているらしかった。
真っ白い衣を着ているからか、その行動のせいなのかは分からないが、仏様と呼ばれたり蝙蝠と呼ばれたりしている。
忍術学園の関係者はあああの人か、と噂を聞けばすぐに分かった。そんなモノ好きそうそういまい。
「善法寺伊作君が、東の合戦場で見つかって!」
ばたばたと足音を立てて小松田さんが食堂に駆け込んできた。
「亡くなったって、今、報せが」

世界が、止まった。

善法寺先輩が死んだ。
やっぱりな、と皆思いは違えどそう考えたに違いなかった。
保健委員の子らは胸も張り裂けんばかりに泣いていたし、進級した二年生以上は皆あの人のことをよく知っていたから、学園の空気は重かった。
在学中から本人に面と向かって死ねと言い続けた僕は報せを聞いても、泣けなかった。
助けてと言えないままで、嘘は吐けなくて色んな事を抱え込んだ僕を、僕が望むのと正反対の方法で、頼みもしないのに救ったあの人は死んだという。
殺しても死なない人だと思っていた。馬鹿みたいなことを一生懸命やって、不運で、だから。
「雷蔵?」
目の前がやけに暗かった。気付けば油も使わずに灯りも点けない部屋で座り込んでいた。知らない間に陽が落ちていたらしい。僕の許しも無く、なんて、考えたりして。
「……う」
うわああん、情けないくらいに、子供みたいに声をあげて涙を流した。
(僕はまだ、殺してないのに)
三郎は何も言わないで、傍にいてくれた。暖かくて安心した。最後の一歩を、三郎は踏み込んで来ない。あの人みたいに人の心に土足で入ってきたり、しない。


どん、と衝撃が走った。背中。じんわりと熱くなって目が回る。
ああ、斬られたのか。
動かないで、と下に庇った武士に笑う。そうすればきっと貴方は助かりますから。
腹のあたりがぐずぐずと濡れて気持ちが悪い。血生臭い。ただでさえ埃っぽい合戦場だっていうのに、自分が血塗れなんて笑えない冗談だ。
痛くはなかった。痛みとは何かすら、僕には分からないのに。
(僕に痛いなんて言わせるの、お前くらいだよ)
不破。
わあわあと響く声がやけに遠かった。痛みも無いのに、死は身近なものだ。


「だから学園に残らないならうちに来なさいって言ったんだよ」
「……雑渡さん」
姿の見えないまま、今日もきっと黒い忍び装束に呼び掛ける。
こんにちは、と挨拶するとこちらを覗きこんだ包帯の奥の瞳が泣きそうになった。
「ちゃんと包帯換えられてますか?」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう。焼くよ」
「ああ……ごめんなさい、貴方にこんなことをさせて。お願いします」
戦場の風が冷たかった。どうやら焼かれているらしい背中がちり、と熱い。同時にくすぐったいような気もして、ああ全く僕の感覚は頼りにならないなあと感じ入って。
「生きたい?」
目を丸くして、思わず笑った。
「死にたそうに見えますか?」
「わりとね。はい、終わった」
手際の良い人だ。また仕事を抜けだして来られたのか、それともこの場でお仕事だったのか。僕には分からない。
「ありがとうございます」
お礼は、要らないよ。送ってあげる、と。どこのことだか聞かなかった。僕が帰ることのできる場所なんて限られている。全く動けない僕を器用に背負って、雑渡さんは動き出した。
意識が途切れないようにだと思う。最近の悩みは?ときた。確かに、今気を失ったらそのまま戻って来ない可能性がある。
「……んー、そうですねえ、不破を見ると胸のあたりがむかつくんです」
「痛む、ではなく?」
「痛覚ってないんですよ、僕。生まれつきかもしれませんけど、痛くないものだからお蔭さまでこの通りいつまで経っても不運でして」
「ふーん。不破君って、図書委員長のあの子でしょ。あの末恐ろしい子が顔を真似してる」
「それって鉢屋ですか」
そうそう、と声はどこまでも軽かった。忍術学園は面白い子が沢山いるね。
「ま、私は君たちの味方だけどねえ」
「またそんなことを……」
これが世に言う胸の痛みってやつなら、僕の初恋はお前になるんだろう。
(……ああ、気持ち悪い)


保健委員は四年生が委員長代理なので僕が指導担当となっている。
指導といっても知識は十分、僕がいちいち教えるようなことはない。強いて言うなら夜の宿直担当だろうか。
静まり返った学園の保健室に包帯を作るために保健委員全員が揃っていた。
「こんにちは、不破雷蔵君。皆元気?」
「……雑渡昆奈門」
曲者で、部外者だ。保健委員たちはすっかり慣れているけど、味方かどうか分からない者の侵入は歓迎できない。
「拾いものをしたから届けても良いかな、そう警戒しないでよ」
背中に、誰か居る。戦場の匂いがした。
「いさく、せんぱい」
伏木蔵が呟いた。包帯がぽとんと落ちる。
「うん。戦場で拾った。生きてるよ」
心の蔵が止まるかと思った。名前だけで。
「乱太郎、新野先生を!伏木蔵、お湯を沸かして。川西、三反田、薬は任せても大丈夫かい?」
「はい」と声が揃った。頼もしい。
「下ろして頂けますか、こちらで。ありがとうございます」
急に騒がしくなる。良かった、あの子たちは怪我に慣れている。怪我をした人にも。それが良く知った人だって、だからこそ、きちんと動ける。
怪我人は背中からうつ伏せに下ろされた。肉の焼けた匂い、血の匂い、白い装束は赤黒く染まっている。死んでいたら本当にこれが致命傷だ。
だからこそ、そういう報せが来たのだろうけど。これが戦場に転がっていたら、間違いなく死んでいると思う。
装束をそのまま裂く。ここまでぼろぼろになっては染め直しもできはしない。斬った相手の腕は悪くないようだった。すっぱり、一文字。まがりなりにも忍びの学校を出た人が、こんな傷を負っていいものか。
「脈は、あるか」
熱が出ている。水分も満足に嚥下出来ない。急ぎの薬湯を口に含んで唇を合わせた。
これで吐いたら殺してやる、なんて飲ませながら正反対のことを思う。
煎じた薬を運んできた三反田が目を丸くした。
「――ふ、はぁ」
飲みきった。
命拾いしたな、悪運の強い奴。
「不破先輩、新野先生が来られましたっ」
乱太郎の一声で緊張感が緩む。
「よし、じゃあ僕の仕事は終わりだね」


「君は。痛みを感じるの?」
「はい?」
伏木蔵の淹れたお茶を飲みながら、雑渡昆奈門は首を傾げた。どうやら僕に尋ねているらしい。
「伊作君は分からないそうだよ。目を潰されても、腕をもがれても、今回みたいに背を斬られても、気持ち悪いって思うだけ」
それが僕に何の関係があるんだ。隠さずそういう表情をしたら片目が笑った。
「だからあの子はからっぽなのかな」
「すみませんが、何を仰りたいのか僕には」
君を、と言葉は遮られた。
「君を私に教えて欲しいけど怒られると思うかい?」
赤黒い、と言っても良い、火傷の覗く手が僕の頬に触れた。
「怒る、ですめばいいですけどね。誰かさんは独占欲が強いですから」
「この距離で寸鉄かぁ」
首筋に暗器を突き付けた状態で笑ってみせる。曲者の呼吸は冷静で、乱れない。
「十分でしょう?」
水に映したように、目の前には僕が立っていた。
「三郎」
「雷蔵、少し引け」
間に割って入るようにして、三郎は雑渡昆奈門を睨んだ。本気で喧嘩を売る相手では、ない。
「うん、ごめんね」
「全くつれないんだから」
ひらひらと手を振る。
「じゃ、また来るね」
「お断りします。ああ、でも感謝してますよ、うちの先輩を連れ帰って頂いたの」
「気付いてるかなあ、不破雷蔵君。あの子の痛みは君のものだ」
とても辛くて重くて汚いけれど、きっと綺麗な君だけの痛みだよ。
色素の薄い瞳は応えなかった。

「大丈夫かい、雷蔵」
君たちも少し休みなさい、と新野先生のお言葉だった。
とはいえ夜通し働いていた下級生たちに看護を任せるわけにもいかない。
「僕は今晩保健室で休むから、三郎は部屋に戻っていて」
「しかし」
「明日になってもあの人が起きなかったら、そのときは交代してよ」
三郎は何か言いたそうな顔をして、それでも心得た、と引いてくれた。
もう長い付き合いになる彼は、僕が決して考えを変えないのを知っている。


呼ばれた気がして、目を開けた。人が気持ち良くねてるって言うのに。
「一年足らずで学園に戻るとは思いませんでした」
不破は深緑の衣をまとっていた。六年生は伝統的に所属委員会とは別に指導する委員会を持つ。
「……何で」
「保健委員会の指導を兼任しておりますので」
確かに、僕のすぐ下は三年生の数馬だった。委員長代理を一人でこなすのは荷が重い。
一通りどの委員会の知識も忍びには必要なもので、道理と言えば道理だ。
「保健室は嫌いじゃないんだ?」
「僕が嫌いなのは目の前で死にかけている前委員長ですが、何か」
「可愛くないの。……ねえ」
触れた手のひらはやけに熱かった。
「相手してよ」

熱い舌に応じながら二つ下の後輩の言葉を思い出した。

不破先輩は、と三反田は薬草を潰しながら静かに微笑んだ。
不破先輩は伊作先輩がお好きなんですね。
三反田、違うよ。これはそんな綺麗なものじゃない。
好きじゃない。殺したいくらいに嫌い。自分を見ているようで。
「なに、随分大人しいじゃないか」
「怪我人相手に本気を出すほど落ちぶれていませんので、悪しからず」
腹這いのままの相手に着物を脱がされる状態になっていて、思わず笑った。
怪我人のくせに、どうしてそう意地を張るんですか。そういえば痛みなんてないんだっけ。だからいつまでたっても懲りずに不運なままなのだ。
(まるで欲しがるみたいな)
誤魔化しを射抜くような視線で。膝を割られ、下帯の上から触れられた。細く長い指。熱い。
「……ん、」
「手でしてあげるから、さっさと一度イけば。此処に油はまだ置いていたっけ」
後ろについた両手のうち、片手を伸ばして指を絡める。
「不破?」
怪訝そうな声。そうだ、あんたは怒りでも憎しみでも込めて僕を見ていれば良い。
口元に運んだ指を、思いっきり噛んでやった。がりっという音と共に骨に当たる感覚。口の中に広がる鉄の味。
「いった、」
「これが痛みですよ、センパイ」
噛んだ指を舌で舐めながら目を細める。
「背中焼けてるんですから大人しく這い蹲ってたらどうですか?」
常のように冷めた瞳。僕がくわえた指を動かして鼻で笑う。気持ち良い。気持ち悪い。
「相っ変わらずお前を見てると胸がむかつくね。自分の為だろ、舐めて」
同族嫌悪に決まっている。
この胸の痛みが恋や愛など綺麗なものであるものか。そんなものは願い下げだ。
(あの子の痛みは君のものだ、とか)

こんな特別要らなかった
(相性は良いのだから性質が悪い!)

雷蔵は決してお帰りなさいなんて言わなかったけど、善法寺伊作先輩は忍術学園に帰ってきた。
当分の間保健医の補佐だそうで。
「絶対に行かない!!」
「嫌だったら怪我なんてしないことだね、不破」

ひとつ、怪我を負った雷蔵が保健室を嫌がるようになった。
ふたつ、誰かれ構わず治療する白い衣の蝙蝠を斬ってやった、と吹聴する手練の武士が、誰ぞの闇討ちに遭って死んだという。
保健医補佐が動けるようになった頃、丑三つ時に泥と返り血に塗れて帰ってきた雷蔵は「ああめんどくさい」と呟いて笑った。
「でも生きてると治療されちゃうからさ、ちゃんとさいごまでしないとね」
みっつ。
雨音が強い足音も消えるような嵐の夜、雷蔵はどこかに出かけたきり帰って来ない。翌朝には包帯と薬草の匂いをさせて、私の隣で眠っている。


死にかけたあの人がもたらしたのは、そのくらいの変化だった。 


PR

2013/01/28 00:00 | RKRN(小噺)

<<2013・1月 | HOME | 2012・12月>>
忍者ブログ[PR]