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2024/09/29 11:18 |
つかまえた。【庄鉢】
4年後…くらいの、庄鉢。
つかまえたのは、どちらか。








拍手[10回]




愛とはなにか、私には分かりません。
愛というのは、執着という醜いものにつけた仮りの、美しい嘘の呼び名かと、私はよく思います。
『変容』 伊藤整



土井先生がお遣いから学園に戻った僕を迎えてくれた。
「お帰り、庄左ヱ門」
「……ただいま、帰りました」
五年生になって、見上げる高さはほとんどなくなってしまったけど、先生はいくつになったってお前たちは可愛い生徒だよ、とよく笑う。
「ゆっくりお休み。起きたらご飯を食べに行きなさい」
「不思議とお腹が空かなくて」
空いてるよ、土井先生は言う。
「人はどんなことがあったって食べなきゃ生きていけないからな」
「…はい。あの、報告は」
「私がしておく」
ありがとうございます、と返事をした。なんとか、笑えた。

まだ授業時間なのだろう、遠くで下級生たちの賑やかな声がする。
怪我もしていないのに体を引きずるように歩き、光から隠れるように部屋に辿り着いた。
誰かと話したい気もするし、誰とも話したくない気もした。
「……これが」
あの人の見ていた世界か。
空気は血で煙り、どんよりと重かった。
心を黒く塗り潰す。あの人の髪より暗い、闇色に。
(……思っていたより、ずっときついな)
なぜだかひどく泣きたかった。


「私に任せて。怖くないからね」
熱い掌が庄左ヱ門の頬に触れた。畳に押しつけられたまま彼の顔を見上げると、熱に浮かされたように涙で潤んだ瞳があった。
「全部私のせいだからね、庄ちゃん。私が全部悪いの。分かった?」
貴方がいるのに、怖いことなんてあるはずがないでしょう。
せんぱい、と呼び掛けると彼は笑う。ごめんね、庄ちゃん。
(貴方が僕にしてくれることで、)
悪いことなんてあるはずがないでしょう?


外に出ている間、気が立っていたから満足に眠れていなかったんだと思う。
尖った神経が人が近付いたぞと告げる。
お帰り、と伊助の声が耳を打つ。
丸まって寝てしまっていた。ちょっと身体が強張ってしまって痛い。
懐かしいことを思い出した、あれは僕がまだ一年生の時だったっけ。
「大丈夫?」
「うん。ただいま」
「じゃあご飯食べに行こう。おばちゃんに顔見せないと!」
皆にもね、と伊助が笑った。

僕がたぶん、一番最初なんだと思う。先輩がきっとそうだったみたいに。
それか僕が気付かなかっただけなのか。
「お帰りなさい」
良い匂いとほっこりあがる湯気が温かかった。
何も食べたくも、飲みたくもなかったのに、お腹が空いていたのに気付いた。
「ありがとうございます、おばちゃん」
お帰り、と食堂に居た何人かに声をかけられ、後輩たちもお帰りなさい、と笑ってくれた。
ああ、こんな風に迎えてくれる場所があるから、きっと僕は耐えられる。

ごめんね、庄ちゃん。

「ぼく、」
ご飯を飲み込んで言った。
ぽろぽろと涙が勝手に落ちてお盆を濡らした。
「あの人を助けに行かなきゃ」
「庄左?」
「だって泣いてたんだ。あのとき」
僕は分かっていなかったけど。
(鉢屋先輩は、もっと苦しかったんだ)
伊助が首を傾げて僕を見遣る。大丈夫、と応えてお吸い物を手に取る。
負けない。負けられない。負けたりなんか、しない。
(見つけに行かなきゃ)
きっと、まだ泣いてる。


学級委員長委員会の後輩たちを連れて、茶菓子を買うお使いの途中だった。
「……彦四郎」
「なに」
「ちょっと、任せる。待ってて」
唐突に走り出した僕を呆然と見て、そこの茶屋に居るからな!と彦四郎は叫んだ。
慣れっこなんだろう。これだからは組はいつまで経っても、とか、後で嫌味を言われるんだろうなと思った。想像がつく。
構わない。
これは僕にとって一番大切な用事だから。
「……つかまえた、」
小奇麗な格好をした女の人は、笠の下から僕を見る。琥珀色の瞳。
息を切らして、でも、掴んだ腕は放さない。絶対に。
「つかまってしまったなぁ」
ふふ、と久しぶりに会う鉢屋先輩は、嬉しそうな声で笑う。僕は泣きそうなのに。
「あは、庄ちゃんったらひどい顔。イイ男が台無し」
ねぇ笑ってよ。
しゃん、鈴が鳴って、香が香る。忍ぶ気なんて欠片もないこの人は。
「だって……じゃあ鉢屋先輩は、どうして泣いておられるんですか」
泣き笑いしながら、彼は言う。
「やっとつかまえてくれたなと、思って」
あのときと同じ、熱を持った掌が僕の頬に触れた。
「嬉しいんだ、分かるでしょう?」

つかまえた。

(幼いこの子を言葉で縛って、身体でとらえた、この醜い執着が、愛でしょうか。)

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2011/07/14 00:51 | RKRN(小噺)

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