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2024/07/03 18:04 |
存在証明【雷鉢】
遅くなってごめんなさい!
8836斬番リクエスト、でした。築組様へ。

現代雷鉢で現社「アイデンティティの崩壊」の授業を受ける二人、です。



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不破雷蔵と鉢屋三郎は、他人である。


血の繋がりなど全くない。
しかし同じ顔をしている。他人の空似、というやつだ。双子と間違われることもよくある。
「おはよう雷蔵」
「おはよう三郎」
再会はちょうど十歳のとき。初めて逢った日を再会と呼ぶのは、三郎が前世を覚えているからだ。
雷蔵には、訊けないでいる。昔を覚えているのか、とか、特に恋仲だったことについて。覚えていないと、そう言われるのが恐ろしくて。
我ながら臆病だと思うが、これはこれで悪くない。傷付くことはないし、忘れているのなら無理に思い出してもらう必要もない。今も昔も仲は良いのだ。
「おい三郎俺は」
「ハチもおはよう」
ついでかよ、と八左ヱ門の非難の声。
「一限は社会だったかな」
「うん。現社」
教室内ではざわざわと声が渦巻いている。資料集がない、隣のクラスに借りに行けばいいだろう、大体そんな会話だ。
忍びでもそのタマゴでもない、ただの中学生が話すことなんてそれくらいである。あとはエロ本とか、そういう。
「鉢屋くんは俺のこともうちょっと気にしても良いんじゃないですかー」
「やかましいわ」
丸めた資料集でぺこん、と八左ヱ門の頭を叩けば本は大切にしなきゃ、と雷蔵の注意が飛んだ。
こんな何でもないことが、ほら、嬉しい。
「雷蔵そこ!?俺の頭の心配は!?」
「雷蔵は図書委員だからなあ」
「そうじゃなくてよ……」
どうだ鉢屋三郎。また会えただけで、十分じゃないか。


アイデンティティとは、辞書的に言えば自己同一性。平たく言えば社会における自分の価値観に基づく自分の有り様です。
これの崩壊とは、自分自身の社会における有り様の崩壊であり、自己喪失です。朝、目が覚めたら毒虫になっているという本がありますが、そんな感じです。
教師の声は教室によく響いている。ほとんどが伏せて眠っている、というのも声が響く一因かもしれない。
カフカの『変身』か、あそこまで姿が変わったなら誰も気付くまい。昔の私みたいだな、なんて考えてみたりして。
右隣の雷蔵は朝一番の授業だというのに、珍しく起きている。くるりとペンを回して、こちらを見た。
(なに?)
そう唇を動かしてくすりと笑った。
(いや)
同じように返せば、急に何か書き始めた。ノートをとっているのか、相変わらず雷蔵は真面目だな。
八左ヱ門が後ろの席で小さく寝息を立てた。教師に起こされない授業だが、こいつはいくらなんでも寝過ぎじゃないだろうか。タオルを顔の下に敷くな。寝る準備万端か。
びりびりと豪快な音がして雷蔵がノートを破く。おお、何事だ。さすがの八左ヱ門も起き……起きなかった。さすがだ。
雷蔵は破ったノートの切れ端をがさがさと折り畳んでいる。何か書き終えたようだ、と、折り畳まれた切れ端はこちらに差し出された。受け取って、四つ折りのそれをそっと開く。大雑把だけど、雷蔵の精一杯丁寧な字だった。
『お前はだれ』
心臓が止まった。ひゅっ、と喉が妙な音を立てて息を吸い込んだ。
鉢屋三郎、お前は誰だ。
「あ……」
ただの悪戯だ、授業内容と合わせてふざけているだけだ、そうに決まっている。
動揺するな。気取られるぞ。
「今日は早めに終わります。次回も教科書と資料集を忘れないように」
教師の声が遠い。休憩時間まで教室から出るなという規範が憎らしい。
何と返す。何が最善だ。
雷蔵は身軽に立ち上がって、私の隣に立った。ハチは起きない。起きろこの生物馬鹿、肝心なときはいつもこうだ。
「どんなに自分の嫌いなところがたくさんあったって、一つだけ好きなところが有れば良いからね。そうしたら自分の好きなところが嫌なところも何とかしてくれる。自分全部を嫌いにならずにすむ。……僕はお前の全部が好きだよ、三郎。知ってたかい?」
頭がくらくらした。アイデンティティの崩壊。自己の喪失。私は誰かって、そんなことはもう分からない。ずっと。
「……らいぞ、覚えて、」
「お前が覚えていても忘れていても、逃がすつもりなんてないからさ」
君と同じ顔だけれど、これは私の姿じゃない。変装ももう、ほとんど出来ない。
「もう何の関係もないのに?」
「お前は僕だよ。それだけ分かればいいじゃないか。同じ顔で生まれてきたのに、関係ないなんて言うな」
雷蔵が私の頬に触れた。熱い。

いくら忍びだからって、お前はもっと、自分に優しくして良いよ。ちょっとくらい優しくしたって罰は当たらないから、大事にしてあげて。
一息にそう言って雷蔵は楽しそうに笑った。
なんて言ったってお前は、僕の大好きな一番なんだからさ!
(ああ、そんな風に笑われたら、私は誤魔化しもできないじゃないか!)

「君は変わらないなあ」
あの頃のままだ。優しくて、あったかくて、私は得意の嘘も誤魔化しもできないで、君に全部任せてしまう。いつもの悩み癖も出ないものだから、すっかり頼りにしてしまう。
「このままずっと知らんぷりってのも、あんまりだろ?」
確かに、それもそうだ。ち、と可愛らしいリップ音がして瞼に柔らかい感触がおりた。
同じ顔をして、同じ服を着て、君の隣に在れる。しあわせなことだ。


不破雷蔵と鉢屋三郎は、他人である。
だからといって自己ではないと、一体誰が言えようか。


存在証明
(瞳を閉じないで耳を塞がないで自分を苦しめるだけの嘘なんか、吐かないで) 


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2012/10/28 02:26 | RKRN(小噺)

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