七松先輩がどうして怒ってるのか、実は検討が付いている。
髪を掴み、殴り、先輩は乱暴に私を抱いた。
あのとき先輩が見ていると知っていながらそれでも私は拒まなかった。
放任主義なこの人の気を引きたかった。この人が余裕を無くすところが見たかった。不敵な笑みがひきつるのを見たかった。
(私だけを見て欲しかった)
そこら中噛み付かれ、いいように揺さぶられながら、口では嫌だと言いつつも私はどこかで喜んでいた。
七松先輩は完全に我を亡くしている。この人はいま、自分のことさえも忘れて私だけのことを考えてる。私のことで怒って、喚いて。それでいいと思った。
体をひっくり返された時、畳に頭を思い切り叩き付けられ、くらりと意識が遠のく。たぶんすぐに目を覚ましたと思う。気付いたら誰かに抱き起こされていた。今さらだけど体が動かなくて、痛くて、苦しい。目が霞んで、すぐに先輩の姿が見つからず、少し焦る。───いた。先輩は、泣いていた。ぽろぽろと涙を零して、こちらを覗き込んでいる。
(違う、私が見たかったのは、こんな表情じゃない)
先輩は、私のことでいくら怒っても良いけど、私のことで悲しむなんて許さない。けれどいつかくるその終わりの日は、この人をきっと悲しませるのだ。そのことが許せなくて、悔しくて、私もこの人と同じだけの能力を持った忍びであればと馬鹿みたいなことを本気で考えては何度も振り払って。
声をかけようとしたけど散々喘いだ喉は言葉を紡ぎ出せず、代わりに、私は笑った。そうしたら先輩の目が見開かれ、涙も止まったように見えた。ああ、良かった、泣き止んでくれた。途端に疲労感が襲って来て、瞼がずんと重くなる。
(これからのこの人のずっとを、一緒に過ごす事が叶わないなら)
落ちる意識の中、何かに掴まるように先輩の腕に爪を立てる。
(せめて、この爪痕ができるだけ長く残ればいい)
そう考えたら、この人に傷つけられてたくさん跡が残っているであろうこのぼろぼろの身体が大切に思えた。
長い初恋、嘘でもよかった
(それがあなたなら)
私たちに安らかな死なんて訪れる筈ないから、痛みや苦しみや絶望と一緒に、私のことを思い出してくれればいいと願っている。
鉢屋が死ぬ瞬間に私のことを思い出してくれるだなんて素敵じゃないか。
「……ま、そう簡単に死にやしない」
私が居ないと何も出来ない鉢屋の為に、生きていてあげる。