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2024/07/01 19:00 |
いちばん、きれいなこわしかたで【伊雷・文鉢風味】
本日は、年に一度の鉢屋の日であります。めでたいってレベルじゃないです。

おめでとう鉢屋、ずっと大好きです。




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一つ上の先輩を、思いっきり蹴り飛ばしてやる夢を見た。
雷蔵は穏やかだもんね、とか、不破先輩はお優しいですね、とか、そういう評価を受ける僕である。確かに滅多に怒り狂うということはないし、腹も立たない。最近怒ったことを思い出す方が難しいくらいだ。
(あの先輩絡みを抜けば)
名を善法寺伊作という。時折馬鹿みたいにお人好しなことをする、そのくせ、僕には笑ったことがない。
少し語弊がある、ちゃんとした笑顔で、だ。それは僕にも言えるのだけど。


「あれ、また不破が来た」
生徒でありながら保健室に入り浸っている。保健委員長、というのが大きいだろうか。それにしたってここの保健室は治外法権が過ぎる。
「来たくて来てるわけじゃありませんから」
保健室の掃除当番を、仰せつかっている。曰く、環境の汚れは心の汚れだ。保健委員も居るから一人で良いとか、僕が来る必要はあっただろうか。否。
「へえ。あ、包帯を巻くの手伝って」
指された先、包帯の反対側を握って床に座る。嫌味は軽く流された。
「ろ組は交代で手伝いに来るんじゃなかったの」
「ハチは飼育小屋、三郎は会計室担当なので」
「相変わらずやっさしいねえ」
目を細めて文次郎が居るところに行かせてやったんだ、と笑う。それもあるが、そうじゃない。あんたの所に誰も寄越したくなかったからだ。
「どうも」
思ったことを全部飲みこんで、小さく返事を返すに留めた。夢じゃあるまいし、本当に蹴り飛ばすわけにはいかない。
くるくると包帯は引き寄せられていく。伏せられた睫毛に夕暮れ時の光がとまって輝いている。
「悩んだ末に損な役目を引き受ける僕って偉い、とか?」
「どこかの誰かとは違って、全部不運の所為にしてませんから」
そもそも悩んだことなどない。他に選択肢がないのだ。二人に嫌な思いをさせるくらいなら、あんたに近付けるくらいなら。
「ああ、同族嫌悪?」
「誰が」
顎を引いて睨め付ける。ようやく視線があった。明るい色をした瞳。
「可愛くないなあ。嫌いじゃないけど」
「僕は、嫌いです」
「そうかい」
笑おうとした彼の口元が僅かに動かず頬が引きつり、まるで泣いているみたいだと思った。
きっと僕も鏡を見ているようにこの人と同じ顔をしているのだろう。
救いを求められるはずもないのに救いを求めたはずの言葉が、鋭利に互いを切り刻んで。互いに互いの傷が深すぎて、最早慰め合うことすら出来ない、なんて。
(たった一言、言えばいいのに)
好意を伝えるような言葉が、言えたら良かった。思ってもいないのに、言えるわけがなかった。
殺してやりたいなあとぼんやり思う。それは願いですらあった。
吐息が絡む。伏せられた睫毛にとまった光がきらきらとした。眩しい。泣きそうなくらいに。
「不破はもうちょっと、人への甘え方を覚えたほうがいい」
可愛い顔をした、不運で有名な先輩は言う。
「生憎と、誰かに縋って泣けるような可愛げは持っていないので」
人望の厚い後輩として、笑ってみせる。僕はこの人にだけは縋らない。
「強情な奴だな。泣かせるよ」
虚ろな視線に熱が宿る。おそらく僕への怒りだとか、そんなものだ。
縋ったって、助けてくれやしないのだから。
「出来るものならどうぞ」
先程触れた唇が吊り上げられて、笑みを作った。
似合いでしょう、嘘吐き同士。
そうだな、嘘吐きな僕は嘘吐きな先輩にお願いしましょうか。


いちばん、きれいなこわしかたで

(ぼくを、こわして)


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2012/08/09 22:19 | RKRN(小噺)

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