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2024/07/03 18:56 |
ゆかしきひと【久々鉢くく】

いつかの春、鉢屋と久々知の話。(見たい、知りたい、行きたい、心惹かれる、欲しい)

某八ツ橋についているお話が素敵だったのでオマージュさせて頂きました。年代パロディ。


今年は「伍年と過ごす一年キャンペーン(参加者:自分)」を行っています。遅くなりましたが、はるくくち。
一年ではるくくち、つゆおはま、なつたけや、あきふわ、ふゆはちや、の予定です。全部あげられたらいいなあ。


 

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学食で夕飯を済ませたので、すっかり遅くなってしまった。春とはいえ、まだ桜は開いていないので、肌寒い。薄手のカーディガンはまだ少し早かっただろうかと考えている。もう春だと思ったのに。

月明かりが強い夜だった。蕾ではあるが桜の白く輝くさまは満開を思わせる。目をやると、近くに、一人の着物姿を認めた。
夜桜の鑑賞か、それとも何か訳有りなのかと警戒しながらも近付くと、その着物姿は舞を始めた。蕾の枝を持って舞う様は妖しいというのに目を離すことができない。
月明かりを頼りに見遣るとどうやら女のようで、長い黒髪が月を受け、銀に輝いている。確かに女だと思ったが、華奢だと言うのにしっかりとした動きは男のようにも見えた。同じく時折、黒ではなく茶色くたっぷりとした髪が揺れているように思う。
こんな時間に桜の下で舞うなんて普通ではありえない、と観ている内に、それと目が合ってしまった。にこり、と唇が弧を描いた。
「おいでください」
行ってはダメだ、と身を固くする。低いような高いような声で俺に呼び掛けたそれは戯れのように舞を続け、その姿は信じられない程に美しい。気付けば俺は足を踏み出し、それの誘いに乗り込みかけていた。
「行くなよ」
袖を引いた者がいる。三郎だった。
「行けば、木に喰われるぞ」
俺を見つめる琥珀色の瞳は真摯であった。
「木って、桜か」
「そうだ。舞いに飲み込まれてしまえば、桜はお前を吸うだろう。そうやって桜は色を付けると、聞いたことも無いのか」
その伝説は知っていたような気がする。三郎のお蔭で俺は足を踏み留めたものの、それは赤い紅を引いた唇で、笑いながら舞いを速めた。月が、雲から完全に姿を現し始め、ついには満ちた。
「また、来年」
それが言う。そうして、さっと枝を一振りすると、白い花弁が一斉に舞った。

風の強さに目を細めて、続いて開いたときには、桜は満開となっていた。
「今年も、無事春が来たか」
三郎が、ほうと息を吐き出した。その大きな桜は、自らの齢を誇るかのような枝の太さで、白に近い花弁をいっぱいに開いていた。
「蕾だったのに」
「春が来たんだ」
見れば、空は雲が薄くなっていた。俺はどこかぼんやりとした気に飲み込まれてしまいながら、三郎を連れて下宿へと歩いた。
(行くなと俺を見つめた琥珀色の瞳で、おいでと呼び掛けた、あれは)
確かにあれは、三郎であった。
今俺の隣に居る三郎は、遠い昔からそうであったかのように、春が来たことを喜んでいる。

桜の気に、少しあてられたのかも知れなかった。


 

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2012/08/09 22:21 | RKRN(企画)

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