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2024/07/06 04:35 |
錆び付いた不文律
忍たま44名+風魔学園の錫高野与四郎、合わせて45名がそれぞれ妖怪になっている、という設定のWebアンソロジーです。

細かい設定など参照先 【http://oyodure.tahagoto.net/


人そ言ひつる 妖言(オヨヅレ)か 我が聞きつる 狂言(タハゴト)か
万葉集 巻第三 雑歌 四二〇

物の怪なる者住まう土地、人を害し人を欺き人を弄ぶ。
汝が業を持ちて享楽に耽る日々は愉快痛快。
さてさて此処に四十五の物の怪在り。
面白可笑しき日々の巻物紐解きて、彼等の生態覗いてみようぞ。


 

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錆び付いた不文律
 
 
小豆洗い
 
元は化け狐の類であったが、棲み処近くの寺の小坊主を真似ているうちにいつしか人型に定着した。力は強くないが知能は高く、一目で正確に物の量数をはかることが出来る。
小豆が無限に湧く桶を持ち歩き、小気味よい音を立ててひたすら小豆をといだり、数えたりしている。時折小豆売りに化け、気まぐれに売り歩く。
 
 
 
 
大抵のものは燃えたら灰になるんだよ。
彦四郎が静かに笑った。
(灰坊主の話か、)
伝七のほうがたぶん、彦四郎よりうんと年を取っている。経験は長いと言った方が良いかも知れない。妖が年齢を気にするのもおかしいけれど、まだ幼い兵太夫などはやたら気にしている。そんなものだ。
伝七は華の遊郭島から出ない。お菓子以外に人間に対してさほど興味もない。愛おしくて哀しい生きもの。人の真似をしてそれとなった性か、彦四郎は人間に似ている。伝七が身じろぐとズルリと影の音が響いた。
「小豆を灰にして欲しいの?」
「いやだよ!」
彦四郎は目を丸くして慌てた。可愛らしい。花街の灯りが小豆洗いを照らしている。質素な紺の着物は漆黒のように映る。遠慮のない、それゆえに全て隠してしまう赤い光。
「それに、小豆はずっとなくならないと思う」
僕の力だもの、と彦四郎はまた目を細める。
基本的に、妖は消えない。死ぬのと同義の消滅。人に認識され信じられているうちは、ずっと。消えるなんて暗い話だ。伝七は消えるつもりなどないし、彦四郎もそうに違いなかった。
「……お菓子は?」
「ぼたもち作ってる!」
ちょっと待って、と少ない荷物を漁る彦四郎の頬をつねってやった。
「いひゃいよでんひち」
「今は要らない。そのうちまた寄って」
久しぶりに華に来たと思ったら、これから灰坊主のところに向かうらしい。
灰坊主に会った彦四郎はどうせまたひとしきり楽しそうにして、暫く落ち込むんだから。
(僕はお前が狐だって、小豆洗いだって、灰になったって構いやしないんだ)
言ってやらないけど。
 
 
 
 
小豆を洗いながら、小さな声で歌を歌う。流れる川の音と、小豆のしゃらしゃらいう小気味良いそれが響いている。僕の歌を聞くと子どもたちが喜ぶって伊助が言っていたけどどうなんだろうか。恥ずかしい。
「彦四郎!」
庄左ヱ門が民家を抜け出してきた。どうも畑の真ん中を突っ切って来たらしくて、相変わらず妙なところで大胆だ。
「久しぶり、庄左ヱ門」
「久しぶり。彦四郎の歌、僕は結構好きだな」
「なんだよそれ。あと、あんまり褒めないで」
照れ隠しで川に落としてしまいそうになる。
引き込むわけではないから、人間相手であれば大事には至らない。問題は庄左ヱ門が灰だということで。
「ああ、川に落ちたら溶けてしまうかもね」
 短い言葉で庄左ヱ門は納得したらしく、僕の言葉に応えた。
「そういうこと、あっさり言うなよな」
庄左ヱ門は僕が足を浸けた川を覗き込む。灰の衣を被った童子の姿が移った。ああ、ちゃんと水には映るのか。
「だって本当のことだもの。僕は灰だし」
眩しそうに目を細めて、空を見上げる。右手の包帯に光が反射して目を射るようで。庄左ヱ門が動くのと一緒に灰色がぱらぱらと落ちた。
(眩しい、)
灰色なのに白さが目に沁みるなんておかしな話だ。
光と一緒に、気恥ずかしそうに笑いながら背伸びをして話す庄左ヱ門を見て思い出した。僕たちよりもずっと背の高い、坊主の格好をした男。闇を孕んだひと。
「……お前と黒坊主さんは似てるよ」
本当のことは全部内緒にして、生きるのは下手くそなまま。
「黒坊主さん?」
「そう」
「……名前が?」
「何でだよ」
名前なんて坊主、って部分だけだろう。本名なんて掠りもしない。元は人間だったところとか、まあ共通点はあるのかも知れない。
僕には分からない。理解も出来ない。
「手、痛くはないの」
庄左ヱ門は首を傾げた。相も変わらず僕の手は恐ろしく荒れていて色が悪い。
尋ねた本人の手も同じだ。こいつの時間はもうずっと止まったままだから、治す気なんてないのだろうけど。
「お前こそ」
顔を見合わせてどちらともなく笑う。庄左ヱ門は布を被ったままころんと寝転がった。ふわりと草の匂いがする。
「……河原はね、古来より葬送の場だった。人の生活圏とそれ以外、周縁と呼ばれる場所だった。賽の河原も、三途の川も、水に関係する。彼岸もそうだね」
「橋が他の世界と世界と繋ぐように?」
鬼が現れるのは橋が多い。川を越えれば追うことが出来ない妖怪も居る。
「うん。無縁の空間だから。誰の所有でもない、権力の空白地」
伝七のことを思い出した。華の遊郭島もそうだ。俗世とは違う雰囲気がある。
「水商売っていうものね」
くすくす。目が合うとまた笑ってしまう。小豆売りが一人に見えるだろう河原に笑い声が響いた。
だからこそ、僕らは此処に集うのかもしれない、なんて。
「なあ、庄左ヱ門」
なあに、と柔らかい声が応える。
「水になりたいか」
あの人に置いて行かれた自分なんて、消えてなくなってしまえば良いと思うことがあるか。
伝わらないことを願いながら、そういう意味を込めて。
目を丸くしてどうだろう、と庄左ヱ門は不思議そうに言った。考えたこともなかった。
「変なこと聞いた。ごめん」
こんな問いは、卑怯だ。分かっている。
僕は小豆洗い、化狐から転じたいっこの妖怪だ。今ではそれを誇りにすら思っている。だけど。
(僕は、灰になっても良いよ)
 
 
緑に来るまでに会った妖怪たちの話をしばらくした。
辺りが朱色に染まる誰そ彼時になった頃、庄左ヱ門がああ帰らなくちゃ、と呟いた。
「家の子がまだ小さいから、夕刻は見ておかなくちゃいけないんだ」
妖怪と人間の、あるいは妖怪の世界と人間の世界の境目が最も曖昧な時間だから、道理だ。それを見張っているのが妖の庄左ヱ門、というのも不思議な話だけど。
「彦四郎は?」
「一平に会いに行こうと思ってる」
今も体に首と腹に残る斬り傷を負った、両手両足首に薄らと縛られた痕を持つ同輩。
動き回ることの多い雨降小僧だからすぐに会えようとは期待していないが、緑に居ることが多いのは事実だ。豊かで穏やかな、水不足に悩む土地。
そして、庄左ヱ門の生きる場所だ。
「見付かればいいね」
「しばらくうろうろしてから、彩に戻るよ」
ひらひらと庄左ヱ門が手を振った。
「じゃあ、また」
「うん。また」
僕が次会うまで、それまでは絶対に消えないで。それが嫌ならあの人のところに行けばいい。そうしたらもう、独りで泣かなくていいだろう。それも出来ないなら、僕と一緒に居よう。僕だったら泣かせやしないのに。
口に出したい色々を飲み込んで、手を振り返した。
 
(ねえ庄左ヱ門、僕は灰になれないよ。お前が水になれないように。)
 
 
 
 
「桶を返しに来た」
彩に戻ると早々に出迎えがあった。大陸随一の美を誇り、知が集う場所。
「ああ、応声虫さん。ありがとうございます」
そういえば出かける前にぼたもちを入れた桶を一つ、座敷わらしに貸していた。
「お前が、望むなら。僕がそいつを奇病にしてやる」
「え?」
静かに少年の姿をした妖は言った。二回目は少し早口に。
「お前が望むなら、僕が灰坊主の居る家の若い男とやらを奇病にしてやっても良いと言ったんだ」
応えない彦四郎に、彼は切れ長の瞳を細める。指先を覆って垂れ下がる袖をひらりとはためかせ、更に裸足の片足を抗議するように動かした。
「煙々羅からの又聞きで事情を詳しくは知らないけど、その灰坊主も人に憑いているはずだ。僕なら人を奇病にして、灰坊主を引き剝がすことができる」
彦四郎はいえ、と応えた。
奇病に。そうすれば、庄左ヱ門は動かざるを得ないだろう。居場所を失って、しがらみからも解かれて、これまで出来なかったことが出来るかもしれない。
しかしそれを望むかと言われれば、否。
「……僕はこのままで大丈夫です。でも、ありがとうございます、応声虫さん」
ふん、と応声虫の左近は小さく鼻を鳴らした。
「お前は何も望まないかもしれないってシロが……座敷わらしが言ってた。提案の一つだと思えばそれで良い。四郎兵衛が憑けば家は栄えるけどいつかは衰退するし、僕みたいに人を奇病に出来る妖怪も居る。動かそうと思えばお前らの時間は動くんだ。忘れるな」
ああ退屈だ、と彼は溜息を吐いた。たまの遠出も悪くないと思ったんだけど。
「どうして僕のことを気にかけて下さるんですか」
この妖怪は大の人嫌いで有名なのだ。同じ妖に対しては、何ともないけれど。
暫くこちらを見ていた赤い瞳は、ついと逸らされた。
「……ぼたもちを貰った」
ああ、そんなことで。
彦四郎が思わず笑ってしまうと不機嫌そうな声で笑うな、と言われた。
「ありがとうございます、川西左近さん」
言っているうちに目の奥が熱くなった。
黒坊主さんを探しに行くのはどうだろう。あの人も色んなところに行く妖だから、捕まえるのは難しいかもしれない。庄左ヱ門に会ってくれるように説得するのは、なおさら。
されど幸か不幸か、彦四郎にはそれを試してみるだけの時間があった。
 
僕たちはみんな、幸せにならなくちゃいけない。絶対に。

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2012/09/03 21:16 | RKRN(企画)

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