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2024/07/03 18:58 |
嘘だって愛せたよ
忍たま44名+風魔学園の錫高野与四郎、合わせて45名がそれぞれ妖怪になっている、という設定のWebアンソロジーです。

細かい設定など参照先 【http://oyodure.tahagoto.net/


人そ言ひつる 妖言(オヨヅレ)か 我が聞きつる 狂言(タハゴト)か
万葉集 巻第三 雑歌 四二〇

物の怪なる者住まう土地、人を害し人を欺き人を弄ぶ。
汝が業を持ちて享楽に耽る日々は愉快痛快。
さてさて此処に四十五の物の怪在り。
面白可笑しき日々の巻物紐解きて、彼等の生態覗いてみようぞ。


 

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嘘だって愛せたよ
 
 
 
 
嗚呼懐かしや懐かしや どうかあの頃抱いた想いを 捨てないで 捨てさらないでくださいませ
時が過ぎて夢見る時間が終わっても それでもどうか あの頃と変わらず愛してくださいませ
 
貴方の記憶と共に世界は巡りゆくものなのです
 
 
 
 
なんで来てるんですか。
そういう顔をした自覚があった。ぬらりひょんの喜三太が言うに、彼のときはまた来たか、と云う顔らしい。
法衣を纏った黒坊主が、民家の軒先に立った。むろん、托鉢の為ではない。この家に今、人間が誰も居ないのは承知の上だろう。
「つれないねえ」
楽しそうな声だった。全く残念そうではない。
「そうでしょうか。前々月も来られたばかりですし、僕はそう思いませんが」
「庄ちゃんってば冷静ね!元気だった?」
僕は一人、この家に居た。
被っていた黒い布をくるりと外し、八咫烏さんの顔で笑う。彼の人は太陽の化身だ。妖怪というよりは神に近い。人でない、という点では同じかもしれないけど。
琥珀色の瞳が長い前髪の間から覗いた。これが誰の瞳を真似たものであるのか、僕は知らない。
「はい」
「右手のほうは?」
包帯を巻いた右手に目がとまる。取れ掛けていた包帯をぎゅうと押さえて。いけない、疫病神さんに怒られてしまう。
「つつがなく」
嘘ではなかった。良くもなっていないけど。
「悪くなっていないなら良いんだけど」
「……もう地の国には行かれたのですか?」
僕は少し背伸びをしながら尋ねた。この人は普段、華に住んでいる。山道で迷い込んだ人間を寺に誘い込んでもてなし、生気を吸いながら生きている。あるいは、町中では托鉢をするふりをして。
「うん。皆元気そうだった」
ひんやりとした手が頬に触れた。触れられたところが熱かった。そのままくしゃりと頭を撫でられる。
ふむ、と一つ唸って。
「相変わらず、君の大切な人の顔は分からないなあ。庄左」
嘘だ。貴方は知っていた。
捕えた獲物を逃さぬよう、相手の心を読む。この人が自身の記憶を辿るように人の顔を盗むこと。
お慕いしています、と僕は念じる。だけど念じてみたところで、僕は肝心の、この人の本当の姿を知らないのだ。僕に何ができようか。
以前戯れに愛しています、と伝えたとき、この人が言った言葉を覚えている。
(君ともあろうものが、こんな偽りだけで出来た男に騙されるな)
絞り出すような声で、騙されるな、と。僕の言葉と同義であるかもしれない彼のそれに、僕は応えられなかった。貴方の為なら死んでも良い、と。
ここは僕の生家で、僕はこの家の若い男に憑く灰坊主だ。
「一緒に華に来て」と一言、一度だけ。そうして僕は迷って、貴方を選んで、置いていかれた。
 
 
もう、ずいぶんと前の話だ。あの人はもう此処には来ない。
 
 
 
 
視界に飛び込んできたのは、黄金色の箒に、蒼空で染めたようなタスキ。吹き込んだ風に暖炉の灰が舞って、振り向くと伊助が笑っていた。
「伊助」
「そろそろかなあと思って、来ちゃった」
楽しそうに笑いながら、自分の散らした灰を要領良く暖炉に掃き入れる。
「いらっしゃい。顔を見てあげてよ」
こんなに明るい色は久しぶりに見た、と庄左ヱ門は独りごちた。自身にしろ、先日会った小豆洗いにしろ、派手な着物は身に付けていない。この民家とて同じことで、経済的に余裕がある家でもない。
自分を覗き込む伊助の気配を察したのか、赤子は楽しげな声をあげた。それともこの子には見えているのだろうか。
母にあたる人は隣で眠ってしまっている。やっぱり疲れているらしい。
「すっごくかわいい」
伊助は静かに息を吐いた。そろりと手を伸ばし、幼子の頬に触れる。
「初めまして」
「さすが、好かれるね」
ころころと、笑う声。安産の神でもある伊助は人間にも親しまれている。
「僕は箒神、箒に宿った付喪神だから。僕は人間に大事に使ってもらったよ。今も人が大好き。妖怪も大好き。庄ちゃんが生まれたときだって、僕は嬉しかった」
伊助の声は静かだ。この子が生まれたのは少し前なのだけど、妖怪の感覚で言うならほんの少し前。一瞬と言っても良い。
何年間生きているのか、自分でも正確には把握していない。夜になれば寝てみたり、眠る必要もないのに夢を見たり、人間らしいことをしてみたりする。桂男さんに尋ねてみたら良いのだろうか、あの人は全部見ているらしい。こんな地味な家は嫌がられてしまいそうだけど、存外面倒見の良い人だから、きっと大丈夫だ。
「うん」
「この子が生まれる前も。今は妖怪になった皆が生まれたときだって、僕は嬉しくて、早く生まれておいでって、生まれてくれてありがとうって、きっとお祝いしたかった」
庄左ヱ門も伊助も強い力を持った妖怪ではない。
(悠久に近い時間の中では、僕たちはそう長く生きてはいないんだろう)
多分人であった頃の時間にしてみたら、朝起きて朝餉を食べたくらいなのだ。これからもまだずっと、続く。
「あの子の為に箒を逆さに立てておいてくれたね。君にお腹を撫でられたときなんて、あのひと、くすぐったそうに笑っていたよ。伊助のお蔭で家も全部ぴかぴかになって、僕は暖炉から動きにくかったけど」
伊助は厄を払う。
汚れた場所には長くとどまれず、汚れがひどいとそれを吸い込んで伊助自身が弱ってしまうために、近付けない。
庄左ヱ門は、汚れと言っても良い、闇が好きだ。心を黒く塗りつぶす。あの人の姿より濃い黒に。
(僕の心が綺麗なままで、気持ちが溢れて壊れたりしないのは、会いに来てくれる皆のお蔭だ)
 
「ただいま」
庄左ヱ門が憑いているという、若い男が静かに戸口を開けた。中で寝ている彼女を起こさないように、そっと。
箒神が立てかけた箒を見て、箒の前で膝をついた。伊助は金色に光る瞳で彼を見守っていた。
「箒神様」
若い男は口の中で小さく唱えた。祈るように手を組んで。
「居なくなったあの子の分まで祝って下さいましょうか。箒をありがとうございます」
ああ、どこか庄左ヱ門に似ている、と伊助は思った。
此処は庄左ヱ門の生家でもあった。彼は好奇心から不道徳な行いをして、灰の中に引きずり込まれた子どもだ。
「どうか、あの子も」
胸がぽうと温かくなった。
安産の神なんて言われているけど厄を祓っているだけだ、そう伊助は考えている。人間が好き、子どもはもっと大好き。それだけ。
(僕も、妖怪の皆も居るけど、庄ちゃんは一人ぼっちなんかじゃないよ。優しい人たちだね)
庄左ヱ門の感情が隣で溢れた。ぐるぐる巡って、伊助に伝わる。ああ、泣いちゃいそうだ。
「ごほん。……何を隠そう、僕はなでなで名人なのです」
「それはそれは、御見逸れしました」
揶揄するような口調、誰の真似だか予想は付くけど。
灰色の布で、顔はすっかり隠れている。庄左ヱ門の瞳は箒神のタスキくらいに真っ青な空色をしている。涙が落ちると空が零れ落ちたような気がして、何だかもったいないくらいだ。
「僕にかかればどんな泣き虫な子だって泣き止むんだから!」
だから、泣いていいよ。囁くような声で言い足した。声を潜めなくとも、妖怪の声は人には聴こえない。
だけど、庄左ヱ門は唇を噛み締めて何かに耐えるように静かに泣いた。涙ばかりが零れて、濡らさないまま灰に落ちていた。
お帰りなさいあなた、と女の人が眠そうな声で言った。
今日も何だか誰かに守ってもらったような気がして。一体誰かしら。
「庄ちゃんは一人ぼっちじゃないよ」
「……うん。知ってた」
 
 
戯れに月に向かって手を伸ばした。
思い立ったが吉日、そんな幼い妖怪の考えなんてお見通しなのか、桂男さんは来て下さらないらしい。お迎えもなし。それとも地上の分身がお忙しいのか。
「今日は三日月だねえ庄ちゃん」
「明るい、きれいな月だね」
夜更けに友だちと家を抜け出すなんて、本当にただの子どもみたいだ。
「受け月に祈ると、皿に水が溜まるように零れず願い事が叶う、って。姑獲鳥さんが」
伊助の瞳は月と同じ色に光った。受け月に願い事。姑獲鳥さん、と伊助が呼ぶのは彼と同じく彩に住む妖怪だ。書物に詳しく、たまに貸してくださったりもする。
「願い事をする?」
伊助に尋ねるとそうだねえ、と首を傾げた。家に戻る道すがら、遠くから家の前に黒い包みが見えた。
「あれ、何だろ」
近寄って見ると甘い匂いがした。お菓子。小豆洗いの彦四郎のものではないだろう、と思う。どうやら小豆ではなかった。彼はぼたもちや寒天寄せが得意なので。
匂いから考えるに団子だろうか。梵字を白で染め抜いた黒い包み。字義は因果。黒坊主さんの黒布と同じ。
 
来ていたんだ。あの人は。
僕が勝手に一人ぼっちだと思っていた、此処に。もう来ないって、そう、勝手に。
 
聞いて庄ちゃん、いいことを教えてあげる。
簡単なこと。好きになること、想うこと、話を聞くこと、思い出を作ること。
難しいこと。嫌いになること、素直になること、言葉で伝えること、毎日、傍に居ること。
木霊の中在家さんの受け売りなんだけどね。私は真理だと思うな。
 
「庄ちゃん、願い事じゃなくって、提案なんだけどさ」
「うん」
「僕と一緒に、出かけてみない?例えば、華とかに」
難しいこと。でも僕は、貴方を嫌いにならなくったっていい。そうでしょう。
「伊助、思ったんだけど、僕ね」
どうして忘れてたんだろう。
「好奇心が強いんだった」
あのひとの居る場所になら、他の皆が居る所になら、「どうして」がいっぱいある。
「ふふ。知ってた!」
箒神が笑う。笑ったのと一緒に厄が払われて、家が綺麗になった。
「しばらくしたら、また戻りますね」
僕は小さな声で三人に言った。持って行くようなものは何もない。幸い、誰かから借りている書物はなかった。
「行ってきます」
幼い子が、小さく笑った気がした。

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2012/09/03 21:33 | RKRN(企画)

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