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2024/07/01 19:13 |
恋水【土井鉢】
一年は組と、蛍狩りの話し。


※10月18日、土井鉢の日記念でした。
 自分以外にお祝いしている方を見たことがないのですが!まいなーがなんだ!
 土井先生かっこいい!


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恋に焦がれて鳴く蝉よりも 鳴かぬ蛍が身を焦がす(作者不詳)



「ありがとう三郎。助かるよ」
蛍狩りのため、近くの河原に一年は組を引率する。言葉にすると簡単だが、途方もない苦労を要する仕事だ。本来なら六年が担任と共に担当する仕事だが、今年はその六年の合宿の時期と蛍狩りの日程が被ってしまっている。
「可愛い後輩のためですから」
割を食うのはたいていの場合五年生である。
学級委員長委員会は顧問もとい学園長先生の命で補佐が決まった。
「五年い組は校外実習なので、勘右衛門は遅れてくるかと思います」
「悪いことをしたな」
「いえ。一年は組の子らに会うのを楽しみにしてましたから気にしないでください。私もあの子たちが大好きですし」


「しっかり言うことを聞けよー?」
土井先生の声にはぁい、と良い子たちが返事をする。小さいとはいえ、川の近くは危険だ。水が膝まであれば大の大人も溺れるという。
「言われたことを守らなかったら、この顔で」
ぱっ、と不破雷蔵の顔が伝子さんのそれに代わる。
「口吸いをしちゃうかもしれないわねえー?」
ひぇえ、と子どもたちは悲鳴を上げた。声色まできちんと伝子さんの声だ。
三郎、とたしなめる声に笑う。印象に残るかと思いまして、と返せば苦笑された。
「川辺に座ったら出来る限り静かにしておくんだぞ」
座ったは組の子らに声をかける。
「息を殺す練習と思って、静かに吸って吐いて、だよ」
こくりと頷きながら応える声も囁くほど。
少し離れて見ていようか、と木陰でほとんど闇に溶けている土井先生の元へ向かう。
「ああ。本当に助かるよ、三郎」
「おや、私とて転んでもただでは起きません」
授業の課題を懐から取り出した。
「兵法者にお会いするのに手ぶらなど!」
「……ちゃっかりしているなあ」
穏やかに笑う、土井半助その人が兵法に通じているのは周知の事実だ。伊達に忍術学園の教科担当をされていない。
どこだい、と巻物を覗き込む。
「はい、この策についてなのですけど、眠り火を使うべきかどうかで意見が分かれて」
説明を聴く彼の指、年季の入った苦無胼胝が目立った。
(……あ)
暗器で擦れた傷痕、火薬による軽い火傷がまだ赤く新しい。
(この人、ちゃんと忍びの手だ)
引き寄せられるように、傷にそっと触れた。笑みを含んだ優しい色の瞳がこちらを向く。
「ん?」
何をしているのか。自分でも分からない。
「……手当、されないと。痕が残りますよ」
息を殺す。乱れそうになる呼吸がばれないように。乱雑ではない程度の力で、手を放した。
「なんの。年頃の娘じゃあるまいし」
ああ、蛍が。そう言って眩しそうに眼を細めて、私の頬に離したはずの手が触れる。
「きれいだな。よく似合う」
視界の端で光がゆっくりと瞬いた。優しい光だった。
「……あの」
土井先生ぇ、ときり丸が転がるように駆け寄る。
「蛍を集めて帰ったら油の代わりに使えますかね!」
「お前なあ……」
またたく蛍をそっと両手で包む。
「取りに来るのが手間だし、蛍は長く生きられないからどうだろうねえ」
苦笑した土井先生をよそに、私は屈んで捕まえた蛍をきり丸に渡した。
良かった、これで誤魔化せる。格好悪いところをみせなくてすむ。
「そっとだよ」
何を言うつもりだった、鉢屋三郎。色は三禁だ。違うか。
「…わぁ」
きり丸が子どもらしく嬉しそうに笑う。この子らの笑顔には人を幸せにする力がある。
「鉢屋先輩、捕まえ方教えてください!」
「ではもう少し流れに近付こうか」
会釈をして木陰を離れた。
私は忍びですらない。まだ追い付けない。これ以上、差を開ける気もないけれど。


土井先生、蛍が止まっているなら手は伸ばさないと思います。
は組の面々に蛍を捕まえてやる自身の先輩を見ながら、庄左ヱ門は指摘した。
「……不自然だったか」
「いえ、さほど」
蛍と川辺を観察しながら、一年は組の学級委員長は首を横に振った。
「時折お前の落ち着きが恐ろしいよ」
素直に感嘆して、頭を撫でてやる。わずかに頬を赤くした。
「僕は見ていただけです。きれいですね」
何を指しているのか言い切らず含みを持たせるのが冷静なこの子らしい。悟られているのだろうけど、それすら見せない。
「鉢屋せんぱぁい」
「しんべヱ!」
ずるりとしんべヱの足場が崩れたのを確認する前に、手を伸ばしたのだと分かった。
器用なことにぐいと引っ張られたしんべヱの小さな身体は五年生のそれと入れ替わった。
「三郎!!」
草の上にしんべヱが尻餅をついたのと同時、どぼん、と水柱が立つ。
蛍が驚いたようにふらふらと飛び回り、川辺は一面光に包まれた。美しい。
「……ぷはっ」
水面から不破雷蔵の顔が出てきた。一斉に、は組から安堵の声が上がる。
「先輩、ごめんなさいー」
「大丈夫ですかあ」
変装に影響は見られない。そうだ、このくらいでどうにかなるような子ではないのだ。分かっているだろう、と自分に言う。
掛けられた声に楽しそうに笑って、「ああ寄るな寄るな、濡れるぞ」と身軽に岸に上がった。
鬘を外して絞り(取れるんスかときり丸は目を丸くした)、頭巾を取る。
「濡れ鼠だな」
三郎は自分の体を見てつぶやく。庄左ヱ門が川に落ちたんですから、と言う。
「ご自分で言わないでください」
ぼたぼたと滴る水が一筋頬を伝い、三郎の鎖骨に落ちる。いやに白い。
「……土井先生?」
三郎本人の声で意識が覚醒する。
「派手に濡れたなあ」
「ええ、本当に。ここを少しお任せさせて頂いても構いませんか」
一年生には少々危険すぎる暗器を仕込んでいる。鉢屋三郎は優秀な忍たまだ。
「ああ。手拭しかないんだがこれで良ければ使ってくれ」
「ありがとうございます」
面の表面を拭いて、三郎はまた笑った。
「火薬の匂いだ」
土井先生の匂いですかね、と思ったことをそのまま。
「鉢屋先輩、僕のもお渡ししておきますね。予備ですので、ご心配なく」
「庄ちゃんってばさすがね!しっかりさん!」
心の臓がやけに煩かった。
(こちらの気持ちも知らないで!)
笑わせたい。甘やかしたい。幸せに、したい。
今のままではまだ駄目だ。この程度のことを信じてやれないようなら、私はたぶん、この子を離せない。


つ、と指で下から上へ背骨をなぞる。鉢屋が俺に体を触らせる、というのがまず珍しい。
「珍しい油断の仕方だねえ鉢屋?」
「お前くらいだぞ、勘右衛門。このへんで気配を消しているのは」
この川は五年い組の帰路、学園への最短経路から外れた位置だ。
「なんだバレてた?あ、実習で使った着物あるよ、貸してあげようか」
聞けばしんべヱと体を入れ替えて川に落ちたという。
課題と小道具はしんべヱに手を伸ばす前、近くの茂みに投げ込んだので無事だったらしい。
「あーそうだな、借りようか」
「化粧もしとく?」
何を言ってるんだお前、という顔の鉢屋に実習で使った着物を出してやる。
「じゃーん!女物です!」
「女装実習に一日かけたのかお前たちい組は!!」
五年生にもなって女装するとなかなか命懸けなのだ。鉢屋にとってはいつものことかもしれないけど。
土井先生に勝てるのなんて変装くらいだろ、と着物を投げてやった。
俺たち五年生は皆知っている。本人に気づかれないように頑張る鉢屋は、土井先生でなければ知られていたってどうってことないのだ。
鉢屋は器用に俺の投げた着物を受け取った。
「……余計なお世話だ」
「鉢屋、川で随分水を飲んだみたいだね」
「は?」
怪訝そうな顔をする。
全部覆ってひたすら光る、特技は内緒事の嘘吐き蛍。


恋の水ならさぞや甘かろ
(俺たちはお前の幸せを願っているから、さっさと幸せにしてもらえよ!) 


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2012/10/27 10:56 | RKRN(小噺)

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