【尾鉢】素直になる方法も知っているし、素直になるのが一番いいことも知っているし、素直になる事が何より大切なことなんだと分かっている。変な意地や、嫉妬や、気持ちを確かめたいという理由で素直になれないときがある。拒絶されるのが怖い。素直になるのは一番簡単で一番難しい。
【左富】ゆっくりでいいんだ。僕は待っている。左門はそう言って笑った。作兵衛が怖いのも苦しいのも嫌だ。僕はいつまでだって待てる。悩んで、いっそ答えなんて出なくても良い。お前は分かってない、と俺は心の中で呟いた。俺が悩むのはお前を苦しめたくないからだ。だから、俺を好きだなんて言うな。
【庄鉢庄】沢山の巡り逢いの中で、特別な人は本当に少ない。たとえ巡り逢えても長く一緒にいれないかもしれない。そんな大切な時間を無駄にしたくない。自分に自信がないとき、すれ違う幾千の人の中から自分を選んでくれたのだとそう思えれば、この出逢いと自分に、少しだけ自信が持てそうな気がする。
【文鉢】貴方のたった一言で私がどれだけ振り回されているか、ご存知ないのでしょう。だからそんな風に平気な顔をしてお前を大事にしたい、なんて言える。貴方の為に自分の命なんて捨てたいと、そんなことばかり思うのです。私が捨てた命を貴方は拾ってしまいそうで、怖い。(言葉一つ)
【伊雷】首に腕をからめると、一つ年上の先輩は何が面白いのか喉を鳴らした。形の良い鼻を噛んでやろうか、はたまた首を絞めてやろうかと考えて、やめた。馬鹿らしくなったのだ。溜息を吐きながら俯く。からめた片腕を掴まれて、指を生温かい感触が包んだ。指を舐めた舌が覗く。いやに赤かった。
【数綾数】僕が好きなの?おかしな子。と、綾部先輩はそう言って笑った。確かに笑った気がしたのだ。ごめんなさい、と謝れば本当に変な子だねえといつもの仏頂面で首を傾げた。僕も穴に落ちている三反田を見付けるのは面白いよ。また落ちてね、と言う。先輩も、たまにはちゃんと医務室に来てください。
【綾勘】お腹がすいて眠れません。夜中に五年長屋まで来て何を言い出すかと思えば、綾部はそうのたまった。「食堂に行ったがまだなんかあるよ、綾部」「寒いので嫌です」「ここに来るので十分寒いでしょ」お菓子くらいならあった気がするから、と部屋に引き入れれば綾部が笑った。「先輩を、下さいな」