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2024/09/29 07:54 |
お伽噺のような偶然なんてないわけで【ジャンベルジャン】

お金のない下宿生ジャンと地縛霊ベルトルトの話し。
●10巻迄のネタばれ注意● 


「部屋の隅で体育座りしてる地縛霊のベルトルトと、お金がなくて出ていけない下宿生ジャンの話しならちょっと考えたことある」と独り懺悔の部屋をしたら、読みたいと言って頂けたので、書いてみました。
夏なのでひんやりしたジャンベルジャン!精神的ジャンベル!ほんのリヴァエレ!
現代転生パロです。諸々大丈夫な方のみどうぞ。ちょっぴり長め。

▼ライベル・マルジャンマル・アルジャン・リヴァジャン・マルベル・リヴァベル・エレベル・ミントルト(アルベル)などを含む作品と共通の萌え設備で製造しています。


拍手[12回]






✿目覚まし代わりに金縛り



ジャン・キルシュタインはごく普通の大学生である。
大学に進学するのを機に、これはチャンスとばかりに実家を飛び出した男子学生だ。
大学生協を通じて安いアパートを見つけた。10畳の1K、平均的なワンルームよりは断然広くて日当たりも良い。どうして安いんだろうか、と不思議に思うくらいの良物件だ。


親友のマルコ曰く、どんな物事にも理由がある。


組み立てたベッドにマットを敷くのがおっくうで、床にそのまま横たわった。ダンボールを運び込むだけでなかなか手間が掛かったし、一日屈んでいたせいか腰が痛かった。
俺だけの部屋だ。天井は白い。壁も真っ白だ。新しく人が入るので張り替えたのだろう。台所との仕切りは木枠にすりガラス、少しだけお洒落……な気がしないでもない。
正真正銘ここは俺の城で、誰に何をしていても邪魔されない空間だ。
「……へへ」
そう思うと何だか笑いがこみ上げて来て、ごろんと横を向く。
初めての履修登録に手間取る奴が多いらしいが、俺は優秀だから苦労はしなかった。
初講義が楽しみだった。同学年全体での顔合わせの時点で考え方が合わない奴はいたが、ここは大学だ。取る講義が同じでない限り会うことも無いだろう。
「……あ?」
つらつらそんなことを考える俺の目の高さには、靴下があった。いや、この言い方は正確ではない。俺の靴下ではないからだ。正確には、靴下を履いた足があった。
ゆっくりと視線をあげる。長い脚は折り畳まれ、いわゆる体育座りというやつをしている。
部屋の隅で丸く、小さくなっている男。縮こまっている割に随分とでかい。年は俺と変わらないくらいだ。
「……えっ」
そいつは声をあげた。思わず飛び起きた。
「ああ!?」
何だこれ。なんだこれ。なんだこれ!


地縛霊(じばくれい、restligeists)とは、自分が死んだことを受け入れられなかったり、自分が死んだことを理解できなかったりして、死亡した時にいた土地や建物などから離れずにいるとされる霊のこと。あるいは、その土地に特別な理由を有して宿っているとされる死霊のこと。


そんなことは誰だって知っている。俺だって。知りたくもなかったけど。
施錠をした家の中に192センチもある大男が居座っていたのは、つまりまあ、そういうわけである。
混乱しつつもあまりの存在感に身長を尋ねたところ「一番最近測ったのでは192」と答えた。俺だって小さい方ではないが、でけえ。
「あ、でも、生身のときのだから……」
やっぱり死んでるんだこいつ。これはまずい。この部屋は解約したがいい。そうはいっても金はない。
「……よし、諦めよう」
すぐに出ていくなんて出来やしないのだ。ばらした荷物と敷金礼金違約金諸々、頭の中で秤にかけて、当分此処に住むことにした。今決めた。ババァに相談しようものなら「一人暮らしが寂しくてとうとうそんな妄想まで!帰っておいで!」と騒がれかねないので、やめておく。そうしよう。さすが俺。
「……あの、出て行くの?」
「ああ?出て行かねえよ金がねえ」
そっか、と答えた地縛霊に尋ねれば既に何人か入居しかけて出ていったあとらしい。
大家め、次の契約更新のときにはこれを材料に交渉してやる。それまでに金が貯まれば契約を更新する必要もないのだが。
「いいか、俺が寝てるときには話しかけるな。既定の時間までは起こすな」
キルシュタイン家の約束だ、うちのババァもノックはしないがこれは守るぞ。
そう言えばうん、と地縛霊は頷いた。今日はもうベッドを整える元気がない。
「俺はジャン・キルシュタインな。お前の名前は?」
「……ベルトルト。この部屋で死んだ、地縛霊です」
地縛霊は礼儀正しく自己紹介をした。ドイツ系の名前だな、と思ったが今はそんなことどうでもいい。程良く眠い。
「よし、ベルトルト。明日朝7時に起こしてくれ」
ベルトルトは灰色がかった瞳を丸くする。明け方の、夜が明ける前の空みたいな、そんな朝と夜の間の色だ。
「いいの?」
「いいのも何も、俺の方が頼んでんだろ」


目覚まし時計代わりに、金縛りをされた。


「っはー!!ふざけんじゃねえぞベルトルトてめえ!!」
「だ、だって起こしてって言われたから……僕は物や人に触れないし」
誰が金縛りで起こされると思うんだよ。常識の範囲内で考えろよ。
色々と言いたいことはあったが、約束に遅れたら困る。
体育座りで俯いたままのベルトルトをそのままに、バスルームに飛び込んだ。シャワーで良いから浴びたい。思ったよりも金縛りはきつかった。尋常じゃない量の冷や汗が出た。
「あー……」
ざあざあと当たる水が心地良い。
目覚まし時計、買おう。



✿俺の親友は絶対に俺の右に立たない



マルコ・ボット。小学校に上がったときからの友人である。理由は簡単で、実家が近かったからだ。優秀な奴で、昔から優等生ぶってるように見えるがどうやら素だ。嘘は吐かない。
マルコは俺の親友だが、正直俺には勿体ないくらいだと思っている。以前そう言ったとき珍しく激怒したから言わないようにしているが、実際にそうだと思う。
「一人暮らし面白そうだよな。色々と面倒なことも多いだろうけど」
そうだな、入居した部屋に地縛霊が居るとか。
例えば親しい友達の家に言って、地縛霊が居るのだと言われて、実際にそれを見たとしても、友人を続ける自信が俺にはない。
幽霊が出る部屋の住人なんてとり憑かれている可能性があるじゃないか、と、エントランスを歩きながら鍵を取り出したところで気付いた。どう考えても遅かった。
「マルコ、お前、幽霊とか平気だったよな」
「基本的に心霊現象は信じてないよ」
だろうな、そうだと思った。見えた場合のフォローが出来ないので伝えておこう。俺が持っている情報もほとんどない。
「俺の部屋だけどさ」
郵便物を確認しながら、出来る限りさりげなく言う。粗大ゴミ取り扱いのチラシをゴミ箱に捨てる。
「地縛霊が居るらしい」
マルコは目を丸くしてふーん、と笑った。ジャンはそんなの信じないと思ってたけど。
信じないも何も、実際に目に見えるのだ。目に見えるものは信じるしかない。
「見たの?」
「……見える上に話せたぞ」
エレベーターで6階を目指す。マルコはリュックを持ち直しながら俺の左側に割り込んで、ボタンを押す。俺は買ってきた小さな家電品たち(もちろん目覚まし時計も含む)のせいで、あまり前が見えない。
「それはすごい」
「ばかにしてんのか」
「まさか!」
マルコの利き腕は左だ。ちょうど今俺から見える右半身の病気で中等部を一年休学して留年、同級生になった。年齢について話すとき、浪人したと思えばそんなものさ、とマルコは笑う。そして絶対に、俺の右側には立たない。何のこだわりか分からないままだけど、そっちの方が俺も落ち着くのだ。この癖に気付いたときから、ずっとそうだった。
玄関の鍵を開ける。お邪魔します、とマルコは声を掛けながら靴を並べた。俺は脱いだ靴をそのままに、ドアを開けて抱えた荷物をフローリングに降ろす。
「……ただいま」
部屋の隅で体育座りをした地縛霊は今朝と同じく、そこに居た。目が合って、沈黙に耐えきれず、俺は声を掛けた。
「……お帰り。今朝はごめんね」
金縛りの件は、俺がきちんと聞いておかなかったのが悪い。という結論に一日外をうろうろするうちに達していた。
「いや、俺も悪かった。聞いておくべきだった」
「ジャン、挨拶してもいい?」
マルコはひょいと俺の後ろから顔を出した。ベルトルトは目を丸くしてマルコを見つめる。びっくりするならマルコの方だと思うんだが。見えるのか。
「初めまして、ベルトルト。オレはマルコ、マルコ・ボット。今日は泊まらせてもらう。宜しくね」
「……初めまして」
俺はマルコの前でこいつの名前を呼んだだろうか、と。
「ジャン、カレールー何種類か買ってきたよな。ベルトルトは何が好き?」
「僕は食べられないから……」
「いや俺に選ばせろよ家主だぞ」
何も無いこの部屋の台所でカレーを作らなければならない。夕飯は大事だ。だから、そんな引っかかりはすぐに忘れた。
マルコは早々に地縛霊と打ち解けた。何かにつけ声を掛け、話題を振り、ほとんどは空振りに終わる。
「ちっとも怖くない幽霊だね。初めて見たけど」
「ジャンの前に入居しようとした人たちは怖がって出て行ったよ」
ベルトルトはマルコの漏らした感想に律儀に返事をした。
「ひどい奴等だな」
マルコの言うことは、概ねいつも正しい。口に出して賛同できるかは別問題だが。



✿学生の本分は勉強である



グループでの作業が必要な課題が出た。何の授業かと言えば、1年次演習である。
1年次演習では全ての学部学科をシャッフル、成績順でクラスを編成。横のつながりを強くする取り組みを体現したカリキュラムだとかなんだとか。
気に食わないエレンも、綺麗な黒髪のミカサも、1年次演習では同じクラスになっている。自然、グループ作業もとい話し合いをどこでするか、という話しの流れになった。自習室や図書館は予約でいっぱい、ならば。
「いや、うちは無理だ」
俺は仰け反って否定をした。ミカサが家に来るというのはかなり魅力的な提案だが、うちには地縛霊が居る。
「ジャンの部屋が一番広いし、近いし、一人暮らしだろ。何が駄目なんだよ」
「いや、でかいのが居るし」
「犬か?」
「犬じゃねえけど」


192センチの地縛霊が。


言い触らさない、というのを約束に俺は自分の城に初めてマルコ以外の人間を招き入れた。こいつらの口の堅さは信用できる。見えない場合は詳しく言わなければいい。何であれエレンは気に食わないけど。
「お邪魔します。やっぱり広いね」
マルコはお茶を準備しよう、と言って台所でがちゃがちゃやり始めた。
「おいお前ら手洗いうがいをしろ」
声を掛けてはみるが聞いちゃいない。
「……へええ、お前がジャンの部屋の幽霊なのか。宜しくな」
エレンはそう言って部屋の隅で体育座りをしているベルトルトに挨拶をした。飼い犬みたいに言うな。
「何でそんな端っこにいるんだ?こっちに来て座ればいいだろ」
エレンは幽霊相手であれ遠慮がない。
アルミンはじい、とベルトルトを見つめて「本当に地縛霊なの?」と尋ねた。だめだ、こいつにも遠慮なんてなかった。
「うん。触ってみる?……僕はここでいいよ」
「あとでぜひ!」
テーブルに一辺ずつ俺たちが座った場合、ベルトルトの座る場所はないのだ。俺、マルコ、アルミン、エレン。エレンめ誰を省いてやがる。おい俺か。
「ベルトルト、ベッドに座ってろよ」
何せ俺のベッドはベルトルトの定位置の真横に配置されているのだから、それで問題ないはずだ。
マルコが麦茶を運んでくる。ベルトルトの分まで用意されていて、なるほど気遣いというのはこういうことをいうのだと思う。
「二人共見えたんだね」
「マルコは知ってたのか」
うん、まあね、とエレンに麦茶を渡しながらベルトルトの前にも置いた。飲めやしないのだけど、地縛霊は律儀に礼を言った。
アルミンが白いカッターシャツの袖をくしゃくしゃとまくる。皺になるぞそれ。
「ベルトルトも凄く気になるけど、まずは課題を終わらせよう。今日は二班の合同作業と打ち合わせでいいんだよね」
「おう」
メンバーの一人、ミカサは土曜だというのに午後から教授方からお呼びがかかったとかで(俺が楽しみにしていたのは彼女が来る予定であったからだ)、いない。何でこんなにむさ苦しいんだこの部屋は。ちくしょう。
エレンが無茶な意見を出す。俺が理由をつけて却下する。マルコが修正する。アルミンがまとめる。ミカサが居た場合、エレンの味方をして100%こじれるので、居ない方が正解かもしれない。
「……うん、これで問題ないかな」
アルミンはさくさくと研究計画書に書きこんでいく。マルコがこれ以上の案は出ないよ、と鼻の下をこすった。提案や考えに満足したときのくせだ。
「アルミンとマルコの班が分かれたのは納得する。が、俺はマルコの班のが良かった」
俺はアルミンの班で、エレンと一緒だ。マルコの班はミカサと、もう一人は休学中だかなんだか一度も授業に顔を出したことのない奴で。成績順のクラス分けなのだから優秀な奴なんだろうけど、居ないんじゃ戦力外だ。
「またそういうこと言って。友達増えないよ、ジャン」
「要らねえよ別に」
はいはい、と軽く流される。アルミンは意気揚々とベルトルトに近付いて、手を重ねようと試みていた。
「わ、ほんとだ。触れないね」
テーブルを囲んだ雑談はだらだらと続く。日が暮れるまで外に出たくない暑いんだよ、とエレンの言葉だ。
ミカサに見られても大丈夫なようにホームセンターで買った、一番シンプルで格好良くて使いやすい黒のテーブルが切なかった。座布団か座椅子が必要かもしれない。でもこいつらだけならダンボールでも十分だと思う。
「ミカサは何で呼ばれてんだ」
「新体操でも奨学金が貰えるかもしれないって。教授たちとお話しだよ」
アルミンが振り返って口を出す。ミカサはありとあらゆる危険から幼馴染(主にエレン)を守るべく、護身術だの武術だの習得しているらしい。身体能力の高さはぴかいちだ。入学筆記試験の主席はアルミンだったが、座学もかなり優秀だった。
「リヴァイさんが見所あるって言って、スミス学部長に推薦してる」
「リヴァイさんは凄いんだぞ!」
リヴァイさんは学部の教授だ。先生、と呼ばれてもなかなか返事をしない有名な変人で、学生からは「リヴァイさん」の愛称で親しまれている。小柄で目つきが悪く、粗暴で、俺は出来る限り近付きたくない人だ。エレンが懐いているせいでミカサは相手が教授にも関わらず「あのチビ」と呼んで憚らない。
「ミカサはそれに続く逸材なんだろ」
「……あ、ミカサから連絡来た。終わったって」
エレンの言葉に俺は立ちあがった。リアルにがたっとなった。同じグループならば理由を付けて連絡先を交換出来るんじゃないだろうか。この際クラスでもいい。学年でもいい。同じ学校というくくりでも構わない。埋めるなら外堀から、ということでアルミンに尋ねた。今のところ、ミカサの携帯の連絡先はエレンとアルミン、その家族たちだけらしい。
「本当に羨ましいなこの野郎!!」
くすくす。振り返るとアルミンとベルトルトが笑っている。
「……なに笑ってんだよ」
「ジャン楽しそうだね」
アルミンはともかく、ベルトルトが笑うのは珍しい。こいつらの前で言うのが癪だったので、口には出さないでおいた。
だって、俺の部屋の地縛霊だぞ。俺が知らないなんて格好悪いじゃないか。

お前、たまには今日みたいに笑えよ。
寝る前に声を掛けるとベルトルトは困った顔で眉を下げて「心掛けるよ」と応えた。
「……おやすみ、ジャン。また明日」
「ん、おやすみ」
膝を抱えて丸くなったベルトルトのうなじが見えた。うなじには10センチ幅の傷が白く、オレンジ色の照明に照らされて切り取り線のように浮かんでいた。



✿エアコン故障により俺はぴくりとも動けないし一歩も此処から動きたくない



クーラーが暑さにやられた。

ククク……奴は我が家三種の神器の中でも最弱……とか言ってる場合じゃない。最弱でも構わないが最重要拠点だったはずだ。
そのせいで、馬鹿みたいに暑い。
もともと温かい部屋ではあるけど(冬はそれで構わないのだろうけど)、夏は死にそうだ。午前中のうちはまだ良かった。今や扇風機は生温い空気をどろどろと掻き回すのみだ。大学生協と大家に連絡をしたものの、対応に1週間はかかるらしい。どこもかしこも記録的な猛暑でエアコンが故障したという。
クールスポットで解放されている区の図書館は夕方で閉館、大学に至っては施設点検を兼ねて休みに入っている。そもそも開いていない。
「あちい……」
氷皿の氷は帰ってきて早々に食べきってしまったし、体温で温くなった床から冷たい床へとひたすら移動するしかない。ローテーションにも限界はある。身につけているのは下着のみという他の奴等に見られたら死にそうな格好だが、我が家に居るのは地縛霊だけなので気にしていなかった。そんな余裕もない。
「……あ」
そうだ。ベルトルトの身体をうっかり通り抜けたとき、我が家の地縛霊が何となく冷たかったことを俺は覚えていた。
「ベルトルト、お前、ちょっと来い」
ベッド横の定位置に居るベルトルトをフローリングまで呼び寄せる。
「……なあに」
ベルトルトは(極めて珍しく)立ち上がり移動してきた。
試しに屈んだ脚のあたりに腕を突っ込んでみた。思った通り何となくひんやりする。気持ちがいい。天才か俺。
「……えっと、ジャン?」
「横になれ」
おろおろしながらベルトルトは横になった。眉が困ったように下がっている。知ったことか。
指を絡めると(正確には指があるらしきところに絡めると)、指先が冷えた。
「……へへ」
ジャン、とまた名前を呼ばれる。こんなところで寝たら駄目だよ。
「大人しくしてろ。ぎゅって出来ないだろうが」
涼しくなった途端に眠気がやってきた。ああ、目覚ましもかけていないし、ブランケットくらい腹にかけなきゃいけないんだが。
「そんなこと、もともとできないよ」
うるせえ、と耳に残る声に言い返せたのかどうか、俺は結局そのまま寝てしまったので、分からない。


翌日の昼。冷蔵庫も、壊れた。


「なん……だと……?」
冷蔵庫というからには猛暑に耐え得るような構造にしろよ。マルコ差し入れのアイスを慌てて食べながら、保冷バッグに物を詰めて、スーパーで保冷剤をもらって、ドライアイスを詰めて。しかし氷も居場所も夜にはなくなってしまうわけで。
慌てて連絡したマルコは何とかサークルの合宿中だとかで、明日の朝まで帰らないという。
俺は最終手段に出た。必殺、困ったときのベルトルトである。
「うう……ねえジャン、これ、いつまで……?」
「ひとまず一晩頼む。あと頭貸して撫でさせろ、暑いし寝苦しくて寝れねえから」
「えええ……」
ベルトルトは、いいからひとまず抱き込んどけという俺の指示に従って、もやしの袋と豆腐のパックを体育座りの状態で抱え込んで一晩過ごした。

「おいジャン!ベルトルトになんてことさせてるんだお前は!恥を知れよ!!」
結果、救援物資の簡易冷蔵庫と保冷剤を持ってきたマルコが丸くなっているベルトルトを発見し、俺はなぜかこっぴどく叱られた次第である。



✿キルシュタイン家の約束は絶対である



僕はジャン・キルシュタインの暮らす部屋に居座る地縛霊である。

ジャンはストレートに物を言い過ぎるところがあって、部屋に呼ぶ友人は限られているし、ジャンの親友のマルコ曰く全体数としても少ないらしい。らしい、というのは僕がこの部屋から出られないからだ。どちらかといえば皆から慕われる人だと思うが、常日頃一緒に過ごすのは辛いのかもしれない。僕は全然苦じゃないし、むしろ懐かしいなあという感覚だけど。生きていた頃みたいで。
ジャンが入居してから色々なことがあったが、大した変化はなかった。
僕はジャンが帰って来たときにお帰りを言い、朝出ていくときは行ってらっしゃいと声を掛ける。面白いことがあれば一緒に笑う。ジャンが涼しいようにたまに隣に横になることがある。その程度だった。


夏も終わろうとしている今日この頃、僕は初めて「キルシュタイン家の約束」を破った。


ジャンは酷くうなされていた。レポートと試験に追われ、もう何日も中途半端な睡眠時間しか取れていないジャンは久しぶりのベッドでうなされたまま起きない。
僕はジャンを起こすことにした。金縛りを使って悪化するといけないから、耳元で名前を呼んだ。ずっと。何回も。
僕の声に反応を示す頃には眉間のしわも、苦しそうな寝息も無くなっていた。
「……何で起こした」
うなされてたから、というのは簡単だった。それよりも約束を破ったことの方が重大だった。何であれ約束を破った理由になりはしない。
「……ごめん」
「言えよ」
「……ごめん」
嘘を吐きたくなかった。何度問うても答えない僕に業を煮やしたのだろう。
ジャンは鳶色の瞳を吊り上げて僕に宣告した。
「もう俺に話しかけんな。いいか、ベルトルト」

ジャンは初めて逢って約束をするとき、寝ているときには、と言った。死んだ人間相手に、起きているときも話しかけるなとは言わなかった。
それがちょっと嬉しかったんだ。だから僕は舞い上がってしまった。許されるはずもないのに。
約束を守りたかった。それでも、あの頃の仲間を呼びながらずっとうなされるジャンを起こさないわけにはいかなかった。
マルコ、夢の中で親友を呼ぶジャンが泣いていたのを僕は知っている。今だって、マルコが右側に立つと落ち着かないのだから。
ジャンは自分が食われるより、殺されるより、仲間を失う方が怖いひとだ。
(この、裏切りもんがああああ!!!)
誰も覚えていなくていい。思い出しても腹が立つだけだ。許せるはずもない。不幸になってしまう。
僕だけは、ずっとずっと、覚えている。何度も何度も繰り返して覚えているから。

(今度は上手にさよならするから、だから、思い出さないで。)


ベルトルトに話しかけるなと宣言してから三日目だった。本当に話しかけてこなくなった。置物か何かのようにベッド横の隙間、定位置にはまりこんでぴくりとも動かない。俺が居ない間のことは分からないけど。
「喧嘩したんだろ?」
誰と、とマルコは言わなかった。授業の空き時間に声を掛けてきた親友には言わなくても通じてしまう。
「キルシュタイン家の約束」
きっかけだけ、単語で言った。マルコは首を傾げる。
「ああ、いくつかある……ベルトルトが理由もなく破るとは思えないけど」
「喧嘩っていうより、俺が怒ってるだけだ。ごめんしか言わねえんだよ」
理由を言おうとしないのだ。何度言ってもごめん、その一言だけ。話すなと言ってからは首を横に振るだけ。
「それで?」
どうしてこんなにマルコとベルトルトの仲が良いのか、俺には分からない。
促す声は穏やかだが、逆らえない強制力があった。家庭事情まで知られているとお手上げだ。
「キルシュタイン家の約束、喧嘩はしても?」
「三日まで。……帰ったらな」
俺が謝ろう。何か理由があったに違いないから。

ミカサ曰く、東洋には昔から先祖を迎えるお盆、という行事があるという。
ベルトルトは俺の先祖でも何でもないし、そもそも名前しか知らないし、幽霊ってことしか共通点はないが、ちょうどお盆は今頃なのだという。ひとまずナスとキュウリを買った。儀式に必要だと聞いてピックも買った。雑貨屋にも寄った。
何やってんだ俺、と思いながら帰宅した。お帰り、という声はない。俺が喋るなと言ったので。
ベルトルトは定位置よりもさらに隅によって、小さくうずくまっていた。
「ベルトルト」と声を掛ければ灰色の瞳が俺を映した。
「俺が悪かった。すまん。……んで、約束破ったことはもう良いから、何で起こしたのか言えよ」
理由が何であれ許すと決めている。この際歯ぎしりが酷かったとかでもいい。
「……うなされてたから」
「はあああ?」
本格的に俺が悪いじゃねえか。いや、言わなかったこいつもこいつだけど。
「あー、いい、もういいわ。これで手打ちな。それよりお盆ってのやろうぜ」
ベルトルトは首を傾げる。おぼん。不思議な発音で言葉が零れ落ちる。
「ミカサが言ってた、ご先祖様の霊を迎える期間なんだと。その為にこれを使う……らしい。なんだっけ、精霊馬だ」
「馬かあ」
「おい何で笑った」
何でもないよ、嘘吐けよ気にしてんだからな馬面、なんてくだらないやり取りを繰り返す。
お盆で迎え入れてもいないのに我が家に居た地縛霊は、珍しく楽しそうに笑った。

仲直りの印に買ってきた紺色のビーズクッションを定位置に置いてやった。四角い、隙間にぴったりくる大きさのものを。
ベルトルトはちょっとはにかんで、「ありがとう」と囁いた。



✿とある幸せについて



エレンとリヴァイさんは仲が良い。
しかし、いくらなんでも待ち合わせ場所に俺の部屋を使うのは酷いと思う。そりゃあ大学からは近いし、教員用のラウンジは閉まる時間だろうけど、カフェとかもっとあるだろ。言って聞くような人でもないので、進言はしない。知らないアドレスから大学用のメールアドレスに届いたメールの文面はこうだ。
「今お前のマンションの前にいる。待ち合わせに使う。 リヴァイ」
名乗ってなかったらメリーさんかよと突っ込むところだった。都市伝説リヴァイさんだな。言い切られた以上拒否権はない。
俺は大人しく客人を部屋に招き入れ、客人ことリヴァイさんに麦茶を出すばかりである。
台所からコースターを持ってきて、麦茶を置こうとしたところで室内のおかしな雰囲気に気付く。

「何だ、またお前か」

彼は静かに言った。
いつも体育座りをして、部屋の隅っこで場所を取らないようにして、俺が誰かを呼んだときには声も出さないように、動かないように、そんな風に過ごしているベルトルトの目の前で、リヴァイさんは仁王立ちしていた。
エレンはこの人にぞっこんで、それはもう陶酔していると言っていい。背は高くないのに恐ろしい威圧感があって、この人よりも背が高いはずの俺はいつも気圧されてしまう。エレンなんかは「リヴァイさんはほんっとに凄いんだ!」と目をキラキラさせながらいつも褒めちぎっているけど、俺はどちらかといえばこの人が怖かった。ミカサほど毛嫌いしているわけじゃないが、ゼミは絶対に取らないと心に決めている。それでも、何気なく色んなところで学生をフォローしてくれたりだとか、エレンが懐くからには魅力のある人なわけで。
(……そんな、ひとが)

「今度はどうやって死んだ。俺はまだ殺してねえぞ」

なにを。
何を言っているのか分からない。
ベルトルトは灰色の瞳で彼を見上げて、はくはくと口を動かした。長い脚を抱え込んだ腕がかすかに震えていた。
「リヴァイさん、どうしたんですか」
リヴァイさんは応えない。ベルトルトも動かない。
「何言ってるんですか、俺の部屋で、そんな、」
助けなきゃ。どうすればいい。この人、ベルトルトが見えてるのか。ベルトルトの知り合いなのか。殺すって何だ。どうしよう。どうすべきだ。
「ジャン・キルシュタイン」
「……はい」
名前を呼ばれて、俺は観念して目を閉じた。
この部屋の中で、ベルトルトの居場所だけ不自然に家具がない。ベッド横の隙間には誰かが座るようなビーズクッションまで置いてある。この人に問い詰められたら、俺には見えませんとしらを切ることは出来ない。
「エレンの奴は知ってるのか。こいつのこと」
「知って、ます」
エレンはまじまじと俺の部屋の地縛霊をみて、お前幽霊なのか宜しくな、と初めましての挨拶した男だ。どあほうだ。
「そうか、ならいい」
ベルトルトは動いたリヴァイさんを目で追った。乱暴にテーブルの前に座る。薄いけれど申し訳程度の座布団が敷いてある場所に。テーブルの上の麦茶のコップを上から掴むようにして飲む。
いいや、俺は良くねえ。
「リヴァイさん、こいつのこと知ってるんですか」
ベルトルトは自分のことを詳しく話そうとしない。
この部屋で死んで、そうして僕は地縛霊になりました、って誰が嬉しいんだそんな昔話。少なくとも俺は嬉しくない。俺が知っているのはここで死んだこととこいつの名前だけで、それだけじゃお前が誰なのか満足に調べることもできない。
顔面蒼白なベルトルトが切羽詰まった声で俺の名前を呼んだ。幽霊だし、顔色はもともと良い方じゃないけど。
「ジャン」
俺はリヴァイさんから目を逸らして、ベッドの横を見つめる。俺の部屋の中の、ベルトルトの居場所。鈍い色をした灰色の瞳が俺を映す。
「やめて」
訊かないで、と。
頼むと言われたらもやしの袋と豆腐のパックを抱え込んだまま一晩過ごすくせに。話しかけるなと言われたらずっと黙ったままで過ごすくせに。
自己主張なんてしたことないベルトルトが、初めてはっきりと自分の意志を言った。
「……何でだよ」
「……ごめん。言えない」
また泣きそうな顔をする。何でだよ。気に入らない。
「おい」
リヴァイさんは場の空気を一切無視して紙袋から出した酒瓶をごろんとテーブルに置き「帰る」と宣言した。
「えっちょっ」
いつだってやりたい放題だなこの人、エレンを待つんじゃなかったのかよ。玄関までさっさと歩いて行くこの人を追いかけて、靴箱から出したスニーカーを引っ掛けて、何とか一緒にエレベーターに乗る。
「あの」
「……一番詳しいのはあいつだ。あいつに訊け」
酒は好きに飲んでいい、とリヴァイさんはぶっきらぼうに言った。
「また来る」
「また来るんですか……」
何か不服か、と低いところから人を殺すような視線で睨まれる。本当に柄が悪い。大学教員と言って誰が信じるだろうか。
「いえ。あいつをいじめないってんなら、いつでもどうぞ」
「相変わらず食えねえガキだな」
そんなに会話した覚えは、ないのだけど。



「エレンよ」
「はい!」
遅くなってすみません、と駆け寄ってきた教え子は真っ直ぐに俺を見る。普段視線は逸らされることの方が多いので、目が合うだけで珍しい感覚に陥った。
「お前、今幸せか」
エレンは首を傾げて、金色の瞳を丸くする。
「リヴァイさんは、幸せですか」
「ああ?」
訊き返されて不機嫌な声で応える。どういう意味だ。
「ミカサやアルミンや貴方が幸せなら、俺も幸せに決まってます」
それが俺の幸せだから。
(ああ)
エレンは誇らしげに笑って胸を張った。とん、と胸を叩く仕草。
(本当にこいつらは何も変わんねえな)
それなら良い、と頭を撫でると夕飯どこに行きますか、ここはがっつり中華ですか!と嬉しそうに尋ねる。
頭の中で注文するものまで決まっているらしい。
「好きにしろ」
隣に並んだエレンはそっと手を伸ばして俺の手を握った。
「……へへ。好きにします」
いつまで経っても敵う気がしない。何も覚えていない今も。
人類最強、なんて、今はもう返上した名前があったあの頃から、ずっと。



お前、どうやって死んだ。
ベルトルトは少し顔を上げて、俺の顔を見るとまた伏せた。照明のせいで伏せた睫毛に光が止まってきらきら反射する。
実体がないはずのベルトルトは、確かに此処に居る。
グラスは二つ用意して、リヴァイさんの置いていった酒を俺は一人で黙々と飲む。グラスは交代に。注ぐときは一緒に。
尋ねた言葉はさっきと違って「どうして」ではなかったからか、ぽつぽつと地縛霊は口を開いた。


出来るだけ苦しんで死ななきゃと、思って。
餓死するのが一番苦しいって聞いて、ある程度断食してから脚の腱と腕の筋肉を包丁を使って切ったんだ。片腕は残っちゃったけど、逃げ出さないように。ちゃんと死ねるように。でも、今考えると計画性がなかったな、餓死じゃなくて失血死だったかもしれないし。凄く寒かったから。何より大家さんが定期点検に来ちゃって、僕が死んでるのはすぐに見つかっちゃったもの。


「何で死ぬんだよ……」
気付いたら、話を聞きながら俺は泣いていた。涙は綺麗に落ちないで、頬を伝って鼻やら口やらに入ってきた。しょっぱい。
自分が泣き上戸だとは知らなかった。大学の新歓ではこんなに泣かなかったのに。涙を舐めてるんだか酒を飲んでいるんだか分からなくなってきた。
「許されないことをしたから」
「死んで許されるようなことなんて、この世にはねえよ」
「うん。許されないのに、生まれてきてしまったから」
重ねようとした手は当然、重なるはずもなくて、いつも通り何となく冷たかった。それが悔しくてまた涙が溢れてくる。
俺は何か言おうとした。言葉にする前に気持ちが胸の中で膨れ上がった。悲しみとか悔しさとか憤りとか、とにかくそういうものだ。だけど、その気持ちは大き過ぎて、口から出てこなかった。その気持ちは喉の辺りに詰まってしまった。全部押しこめて泣こうともしないこいつに、俺は色んな言葉をぶつけたかった。
「何であったときには死んでんだよお前、ばかじゃねーの、俺が来るまで死ぬなよ馬鹿ベルトルト」
何を言っているのか自分でも全く訳が分からなかったけど、ベルトルトはそれを聞いてわんわん泣き出した。静かに泣く奴だと思っていたから驚いた。赤ん坊みたいな大音量だった。しゃくりあげながら、ベルトルトが喋る。
「ジャンはまた、僕に幸せをくれたよ。」
涙と鼻水と、顔から出るものを全部出して視界も滲んでいる状態の俺だったけど、ベルトルトが泣いて安心した。みっともなく涙を落とす姿に安堵した。
(……そうだよ、お前は泣き虫だろ)
俺はこいつのことを何も知らない。何が好きで、何が嫌いで、今までどんな風に生きて、どんなものをみて、どんなことを覚えて、何を考えて死んだのか。何も、知らないのに。今の俺は全部知っているような気分だった。
「お前を大事にしたい」
「し、しんでる、けど」
「関係ねえだろ」
自分の涙をごしごし拭ってベルトルトの顔を見ると、俺よりもひどい勢いで泣いていて、目も真っ赤で。
泣き笑いしながら、うん、僕も、と答えたベルトルトはさあっと赤くなる。
もう一度死んでもいいくらいだ、そもそもこんなこと言うつもりじゃなかったんだ死にたい、ああどうしようもう死んでた、と喜んでいるんだか何だか分からない例え方をするのでビーズクッションを投げつけてやった。

「そういうときは幸せになりたいってんだ、ばか!俺がしてやらあ!」

やっぱりジャンは魔法使いみたい、と泣き疲れた俺の横でベルトルトが囁いた。
「やっぱりって、なんだよ」
二人乗ったベッドは見た目だけかなり狭くて、実体はなくて、ひんやりと涼しい。
「……なんでもないよ。おやすみ、ジャン」
「……おやすみ」
散々泣いて叫んだ所為で、少し喉が痛かった。今日はこれくらいで勘弁してやろう。
これからたくさん、話せばいい。何せ俺はベルトルトを幸せにしてやらなくてはいけないのだ。
(……俺の、幸せのために)



✿涙降って地固まるらしい



エレンとマルコが遊びに来た。
野菜やお肉やアイスを持って来て、やっと買い直した空の冷蔵庫に物を詰めるためだよ、とマルコが言った。加えて、実家に帰省したら素麺を大量に持たされたのだという。
ジャンはすっかり泣き疲れて眠っていて、エントランスからのインターホン音で飛び起きた。明らかに泣いたと分かる寝起きの顔だったけど、顔を洗い、適当な部屋着に着替え、玄関で二人を出迎える頃にはすっかりいつものジャンだった。マルコには看破されておはよう、と挨拶されていたけど。
「最近ベルトルトに会ってなかっただろ。試験とお盆休みがあったしさ。昨日リヴァイさんだけ来たって聞いた。迷惑かけたな」
「エレンお前それ俺に言えよ」
エレンは勝手知ったる他人の家で、適当に座布団を引っ張り出してきた。ジャンの言葉は無視してぽんぽんと並べていく。構わないよ、と応えておく。事実あの人は何も悪くないのだから。
「エレン、取り皿を持っていってくれるかい」
「おう」
マルコに呼ばれてエレンが皿を受け取りに台所へ消えた。今日の僕はテーブルの一辺をもらっている。
僕のビーズクッションをテーブルのところまで動かしたジャンがへへ、と笑う。幸せを辺り一面にぶわっとまくような笑顔で。
「……同棲してるみたいだよな。家賃が安いのも折半してるみたいでいい」
何でちょっと嬉しそうなの。
頬を染めて、照れながらそう言うジャンを見るエレンの目が死ぬほど冷たかった。
いや、僕はもう死んでるけど。二回も死なないけど。
ジャンは突き刺さる絶対零度の視線をものともせず「なあベルトルト」と僕に同意を求めた。
ジャンの好奇心は何一つ満たされていないはずだけど気にしないでいてくれるならそれでいい。せめて、ジャンが此処に住んでいる間に成仏したいなあ、とぼんやり思った。天罰が下るなら、ジャンが悲しまないタイミングが良い。
この素直で優しい人が、もう悲しまないですむように。
「……うん」
「だろ!」
だから、僕も笑う。ジャンが幸せなら、いいな。皆が幸せならいい。
幸せになりたい、なんて言えないから。
「素麺茹で上がったよ、運ぶからなー」
マルコがざらざらと氷をガラスの器に移す音がする。
「一緒に居るとルームシェアしてる気分になるし、実際してるしな」
ジャンの周りにはお花が飛びそうな勢いだ。実際のところ、僕が勝手に居るだけなのだが。
「この脳内快適野郎……」
「ああ?もう一度言ってみろこの野郎」
「はいはい、二人共喧嘩しないで。ベルトルトは麺つゆどのくらい入れる?」
僕は食べられないのだけど、同居人の親友はいつも通り僕に尋ねた。
今日から始める。皆を幸せにする彼の魔法だ。
「ジャンと同じくらい!」
「ほらなマルコだから先に俺に訊けって!」

だからまずは、君たちと一緒にご飯を食べよう。


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2013/08/16 00:00 | 進撃(SS)

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