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2024/07/06 03:21 |
名前を知らない気持ちの話【ジャンベルジャン】
目の見えなくなったジャンと、声の出なくなったベルトルトの話し。
●10巻までのネタバレ注意●


ジャンベル(ジャン)ですが、
ライベル・マルジャンマル・アルジャンアル・ミントルト(アルベルト)などを含む作品と共通の設備で製造しています。同じ工場で萌えの燃料となっています。
全力で精神的ジャンベル推しです。104期生が仲良しなのかわいいです。
ちょっぴり長め。

拍手[8回]




お前はずっと傷ついて、壊されて、憎くもない相手にまで力を振るい、奪い、それでも前しか見ることを許されず。痛かっただろう、辛かっただろう。休むことさえ許されず、戦い続けるお前のその目に何が見える?
なぁ。ベルトルト。





「消灯時間だ。消すぞー」
「おー休みだー!」
鬱蒼とした森での訓練がようやく今日終わった。
皆泥だらけになったし、汗でどろどろだったし、何より草や土で顔までひどいありさまで、シャワーを浴びられたときには「ここはもしかして楽園じゃないか」という声が上がっていた。
確かに、宿舎は人が住むところだ。森に比べればとても快適だった。
「お休みだって、ライナー。三日間も」
皆が泥のように眠りに落ちていくなか、小さな声で隣のライナーに話しかけてみる。
「ああ、そうだな。しかし俺たちは兵士だ。身体が鈍らないようにしなくては」
ライナーは笑った。お手本のような笑顔で。
(ああ、また)
ライナー、君は戦士だよ。戦士のはずだ。
僕の知らない兵士は笑っておやすみ、と、人に紛れた巨人に声をかけた。
「兵士」という言葉に、そうだね、と。たったそれだけの同意が、言えなかった。



✿休暇初日のこと



「……おい、ジャン?どうしたんだよ?」
身体を鈍らせないようにと指示はあった。そうはいっても、三日間の長期休暇だ。
皆がゆっくりと起き始めていた。起床時間に起きた場合決められた朝食の時間がかなり短くなってしまう。
習慣というのは恐ろしいもので、寝ていても誰にも責められはしないのだけど。
「いや、何でもねえ」
コニーは隣でゆっくりと起き上がり、何度か目をこすったジャンを見やって、なら良いけど、と応えた。
「早く飯に行こうぜ。サシャに食われちまう」
「おう」
ジャンはベッドから降りようと足を出したところで、ベッドの上部に頭をしこたま打ちつけた。
どさ、と倒れ込む音も大きかった。
「うわー!!!」

コニーの叫び声で同室の全員が起きた。
「うるせえぞコニー」
「何だどうした」
上のベッドの同期たちも下を覗き込む。
「ジャンがぶっ倒れた!」
マルコは物音で飛び起きるのと同時に、ジャン、と倒れた友人に声をかけている。
頬をぺちぺちと叩くが、意識はない。いつもより起きるのが遅かったくらいで、特に変わりはなかったと思うのだが。
「頭を打ったんだよね?」
アルミンはジャンの息を確認する。気絶しているだけだろう。さすがに、連休初日に隣でそんな死に方をされるのは嫌だ。というか意味が分からない。
エレンは丸い猫目でジャンを観察する。
「たんこぶですみそうだけどな」
エレンは医者の息子だという。コニーはエレンとジャンを交互に見た。この場合、信用できるのはマルコやアルミンの判断とエレンの見る目だけだ。自分で考えるのは信用できない。
「動かして平気か?」
「おう、たぶんな」
医務室までは少々距離がある。ジャンより小柄な自分やアルミンも、ジャンと体格の近いエレンやマルコも厳しいだろう。肩を貸すならまだしも。
「……俺らだと運べる気がしねえんだけど」



ベッドが大きく軋んで、起きたら大騒ぎになっていた。どうやらジャンが頭をぶつけて倒れたらしい。
何の夢をみていたのだか、目の周りが少し腫れぼったかった。泣いたんだろうか。恥ずかしい。
ジャンの体格を考えて、運べるのは自分かライナーくらいだろうと見当を付け、「僕が運ぶよ」と発音した。はずだった。
「…………?」
話せない。声が全くでないのだ。
(どう、しよう)
ライナーは、自主トレに行っているらしい。姿が見当たらない。きっと彼は今、熱心な兵士だから。
「なあベルトルト」
下からエレンの声がかかる。
「ライナー居ねえんだ。ジャンのやつ運んでもらっていいか?」
声は、相変わらず出ない。
顔を出してうん、と口も動かしながら頷いた。部屋の中が騒がしくて聴こえなかったと納得してくれたのか、エレンとコニーは宜しくな、と笑った。
「サシャに食われないようにお前とジャンの分は確保しとくしよ」
「あいつの腹どうなってんだよ」
「分からん」
急いで私服に着替えて、ジャンを背負うべく下に降りる。やっぱり上の段のベッドは狭い。
(ジャン、運ぶよ)
言葉を掛けたものの声にはならなかった。
何だろう、何か変なものを口にいれただろうか。そんな覚えはないのだけど。
困ったな。ライナーに知らせなくては。
ジャンを背中に乗せるのをアルミンとマルコが助けてくれた。



何も無い、冷たく暗い空間にジャンは居た。
一瞬地下牢か独房だろうかと思う。何かした覚えはないが。エレンとの喧嘩くらいだ。
ひんやりとした空間には泣き声が響いている。
視線を下に向ける。小さな、艶やかな黒髪の少年が鼻をぐすぐすと鳴らしながら顔を真っ赤にして、大粒の涙をぼたぼたと落としていた。質素なフードのついた服に落ちてそこだけ色が濃くなる。
他には誰も居ない。ジャンはどうしたものかと考える。子どもは得意ではなかった。特に、言葉をうまく話せないような大きさの子どもは。
ぐすん、ぐすん、と泣き声は続く。結局、声をかけた。
「あー、何だよ、どうした」
目の前に屈んでやると涙の膜が張った瞳に俺を映す。瞳は濃い緑色をしていた。止め処なく零れ続ける涙。むしろ視線を合わせたことでその勢いは増したような気がする。
「おいていかないで。ごめんなさい、ごめんなさい……」
「あー……」
目の前の子どもがぐずる声だけが、響く。ひっくひっくとしゃくりあげる声。
「ひとりか?どうしたんだよ」
「ごめんなさい、ひとりはいやだよ……ゆるして……」
「……泣くなって。そんなに泣いたら目が溶けるぞ」
そうだ、こんな暗くて寒いところにいるのがいけない。外に行こう。動かなくては。
ジャンは小さな子どもに手を伸ばした。俺の口は勝手に名前を紡ぐ。
「ほら、ベルトルト」

ああ、そうか、これはベルトルトだ。



「……あ?」
誰かに背負われている。自分より随分と大きい背中の感覚だ。
夢の残滓が確かにあったのに、手を伸ばすと消えてしまった。何の夢だっただろうか。頭が痛い。
「あー……なんで運ばれてんだ俺」
運び手はだんまりを決め込んでいる。ライナーならばもっと気さくだろうし、自分を抱えられるような奴は限られていて、この体格差はベルトルトかライナーしか有り得ないわけで。これはベルトルトだろうと見当がついた。
(頭打ったんだっけか)
医務室が近いのか、消毒薬のにおいがする。
反応がないので、とうとう耳も聞こえないのか声も出ていないのかと考え始めたところでアルミンの声が響いた。
「ジャン、ベルトルト!」
やっぱり俺を背負っているのはベルトルトらしい。歩みと同時に揺れが止まる。
機嫌でも悪いのかこいつ。アルミンの声に反応したところを見ると、俺にだけ?
「おー、アルミン」
「医務室でご飯を食べられるように手配しておいたから」
隣に並んだ気配があった。医務室で飯、だと。
「は、なんで」
「だってジャン、今さ。目、見えてないだろ」
見えなくても分かる。アルミンは青い目をじっと見張って、こちらを観察している。
……ああ、やっぱりこいつは敵に回したくない。
「ちっ、バレたか」
「目を擦ってたってコニーから聞いたし、見えてたらぶつかるようなところじゃないしね」



ジャンは今、目が見えていないのか。
なるほど道理だ、ベッドのふちで頭を打つなんておかしいと思った。ジャン・キルシュタインはベルトルトの認識でもかなり優秀な兵士だ。
何か喋らなくてはいけない、と口を開こうとしたところで。
「ベルトルトは、喉を痛めたの?」
すっかり困ってしまった。どうして分かったんだろう。
アルミンは魔法使いみたいだ、と図書室で読んだ物語を思い出す。
仕方がないからこくんと頷いてしー、と指を唇にあてた。
「やっぱり?」
医務室くらいなら構わないけど、万が一何らかの異常が発見されて検査されることになったら、困る。巨人で実験するのが大好きな変わった上官も居るという噂を手に入れていた。良くて拷問、冗談ではない。
(痛めた覚えはないんだけど)
ひとまずそれで、自己管理ができていないと怒られてしまうから、という理由にしよう。矛盾はないはずだ。
「お前なあ、声も出ねえのに人を運んでる場合かよ」
しー、という僕の出した音は耳に入ったらしい。背中からジャンの不機嫌な声が響く。怒っているんだろうか。分からない。
「ジャンはどうして?今朝から?」
アルミンはてきぱきとジャンに質問を重ねる。
「いや、昨日の夜から見えにくかった。てっきり眠いからだと」
のんきなことを言って、と溜息を吐かれている。同意見だ。
「野営で触った草だと思う」
「種類や形は覚えてる?」
「おう」
それなら特定できるか。僕は二人の会話を大人しく聴いて、観察する。
「マルコね、心配しすぎで怒ってたよ」
「げえ」
でも良かった、とアルミンは安心したように笑う。優しさがあたりに広がる笑い方だ。怖いくらいに。あてられてしまいそうな。
「僕が医務室に入るときは挨拶するよ、きっと医務室担当の人たちもお休みだろうし、放っておいてもらえると思う」
そうだと良いな、と思う。衛生兵の貴重な休みを潰して顔を覚えられるのは嫌だし、何よりライナーにうまく説明しなくてはならないのだから。
(……兵士の、ライナーに?)



「大丈夫か、お前ら」
「ご飯を持ってきたよ」
扉が開く音がして、ライナーとマルコの声が響く。
「アルミンの分もあるぞ」
二人分の足音とパンとシチューの匂い。
そして、すう、と。マルコの視線がこちらに向けられたのが分かった。
「言ってくれても良かったんじゃないか」
マルコは怒っていた。声だけでそれと分かる怒りで、見えないのに棘が刺さりそうなくらいだ。それは言葉の棘だけども。
「憲兵団を志願するんだろ、ジャン・キルシュタイン。オレと一緒に」
「……次は注意する」
空気を読んで黙っていたライナーとアルミンはベルトルトの腰掛けるベッドに並んだのか、マルコの体重だけが俺のベッドにかかる。
「なら、良いんだ。調べてもらったんだけど、二・三日で視力は戻るだろうって。休みの間で治れば訓練にも遅れなしだ」
「それは助かる」
ふふっとマルコが笑う。
「だろう?」
野営中に何の植物に触ったか、そのあと目に触れたか、と簡単な聞き取りをもう一度。アルミンとマルコの出した答え、ライナーの意見も合わせて、衛生兵の仕事に間違いはなさそうだった。
「なるほどな」
「ベルトルトも早く教えてくれて良かったんだよ」
事情説明を始めた、らしい。らしいというのは、俺が動いているベルトルトを見ることが出来ないからだ。
俺よりも背なんかひょろっと高いくせに、大きな音を全くたてない。声がないと位置の把握も難しかった。
喉を痛めたらしい、自己管理ができていないと教官に怒られてしまうし、訓練までに治るようだったら放っておいても良いかなと思う。教官には内緒にしておいて欲しい。
まとめるとそんなことをマルコが読み上げた。
「協力するよ、といっても休暇中は教官もお留守みたいだし。むしろお留守だから休暇になったんだろうし……って、今思ったんだけど、ベルトルトって結構字が汚いよね!」
アルミンがずばずばと言った。こいつは遠慮というのを知らない。
「アルミン……」
「おっ俺は完璧に読めるからな!」
マルコの声とライナーのフォローから察するに、ベルトルトは目立った反応をしていないようだ。いつものように。
何となく、見れないのが残念だと思った。
(……今見えないのは仕方がねえ)
見えるようになったら絶対にノートをみてやる。
そもそもベルトルトは座学の間ノートを取っていただろうか。どうだっただろう。
俺は何か、こいつのことを知っていたっけ。

何だかんだで同期たちは皆、入れ替わり立ち替わり医務室に来た。
食べ終わった後で良かった。口にパンやらスプーンやらを運ばれる姿というのは、どうやっても格好がつかない。
娯楽の少ない訓練兵生活だから分からないではないが、何も目が見えない(まあ俺の場合は不注意だけど)患者のところに来なくてもいいんじゃねえか。ベルトルトもついでとばかりに絡まれている。
「ベルトルト、喉が痛くて食欲がなかったら私にパンをくれてもいいんですよ」
「サシャこら!」
「だー!!お前らうるせえぞ!!」
くすくすと笑う声が、聴こえた気がした。
そういえば、ノートどころか笑った顔もみたことがないな、と思った。
見ているようで、何も知らない。
少しの間一緒に居たから、きつい訓練を一緒に受けたから、知ったような気になっていただけだ。


医務室に一人置いてけぼりにされて(この表現は正しくないんだろうけど)、真っ暗な視界のまま本を読むこともできないのでつらつら考え事をする。
ベルトルト・フーバー。
成績は三本の指に入ろうかという優秀な訓練兵で、憲兵団を志願している。名前が覚えにくいので逆に有名だ。
何の訓練であれそつなくこなすが、積極性はない。全くない。
どのくらいないかというと、「ベルトルト、パンをください一口でいいんです」とサシャが頼もうものならパンの半分は渡す押され弱さだ。それでいいのかお前。
「ベルトルトは本当にライナーにくっついてんな」
ライナーの腰巾着、というのが同期たち共通の評価だろうと思う。本人も否定しないし、事実それに近かった。思い返せばそうでもないことに、俺は気付いてしまったのだが。なにせ実力は確かにあるのだから。
どうせ憲兵団に俺やマルコと一緒に行くことになるんだ(不思議とマルコだけ行けないとか自分だけ行けないという発想はなくて)、それならば知っておいても損はないだろう、と。そう思った。
「ジャン」
「マルコか?どうした?」
呼びかける声は耳慣れたそれで。
「朝起きたときに慣れない部屋だと大変かなあと思って。皆ついてくると困るしね」
マルコは部屋を抜け出してきたらしい。
悪かったな、と謝るともういいよ、布団を蹴らないでね、と布団を被せられた。
おかんか。
ツッコむ前に意識は落ちていた。何もしていないのに眠いって、何だか不思議だ。



(と、いうわけなんだけど、分かった?)
ライナーが兵士であれ、戦士であれ、僕と幼馴染であるという事実は変わらないらしい。それだけ変わらないなら、まだいい。僕たちはもう随分長い間一緒にいる。
事情を再度説明した唇を読んで分かった、とライナーは頷いた。
「声が出るか確かめるのはいいが、無理やり出そうとするなよ。本当にひどくなったら困る」
頷き返すとライナーは笑った。
(うん。分かった)
ねえライナー、今の君はどちらだろう。



✿2日目のこと



いかないで。ごめんなさい。ゆるして。おいていかないで。
ひとりは、いやだよ。


何も無い、冷たく暗い空間にジャンは居た。知っているような気がしたし、何より、目の前で小さな子どもが泣いていた。
「……あ」
「なあ」
濃い緑の瞳が俺を映す。きらきら。きらきら。濃くて深い色の湖を思わせる。
「置いて行かないから、泣くなよ」
「ほんと?」
ずっと零れていた涙が止まった。あんまり突然止まったので、俺のほうがびっくりした。
「ほんとだ」
こんな小さな子ども一人くらい、どこにだって連れていける、と思った。だから出来る限り真摯な声で答えて、頷いた。
黒い髪に触れていいものか迷いながら、そっと頭を撫でてやると眩しそうに目を細めた。
「どこにいきたい」
どこでもいいよ、と少し勢い込んで子どもは言った。どこにだってついて行くよ。怖いところでも、暗いところでも、寒いところでも大丈夫だよ。
俺はちょっと面食らって、首を傾げた。
「他にしたいことはないのか」
じいと俺を見て、俯いた。消え入るような声で応える。
「……ひとりがいやだ。みんなと、いっしょにいたい」
また泣くんじゃないだろうかとそればかりが心配で、ずっと頭を撫でていた。
「大丈夫だ。寂しいなら傍にいてやるよ」

だから泣くなよ、泣き虫ベルトルト。



ジャン・キルシュタイン。
優秀な訓練兵の一人である。憲兵団を志願していて、性格に表裏はない。思ったことは言ってしまうようで、軋轢を生みやすい性格だ。
立体機動装置に造詣が深く、加えて現状認識能力に長けている。
憲兵団はきっとジャンに似合うな、とベルトルトは思っていた。実戦にでるならばいつか面倒な敵になるのだろうから、優秀な人材が内地に行く仕組みは僕たちにしてみればありがたいことなのだろう。
エレンと殴り合いの喧嘩をしてはぼろぼろになるので、同期の間では食事時の見世物になっていた。
騒ぎの渦中に居ない自分のことを覚えているのだろうか。
今のところ、名前を言い間違えられたことはない。何かを間違える、というのはジャンのプライドが許さないのかもしれなかった。
「なあ、ベルトルト」
だから、話しかけられるようなことはほとんどなかったのだ。今までは。
「…………」
僕は応えられない。ジャンは目が見えない。仲介してくれるマルコがどうしたの、と穏やかな声で尋ねる。
いつの間にか部屋を抜け出していたマルコが医務室の器具で喉を覗いてくれたけど、異常はない。相変わらず原因は不明で、ジャンに声を掛けられたのはもう医務室を出ようとしていたときだった。
「お前も憲兵団に行くんだよな」
ジャンの言葉に頷く。マルコがうん、と伝える。内地の特権狙い、そういうことになっている。
「その誼で、お前、ちょっと面貸せ」
「いや意味が分からないけど」
マルコの代弁が完璧過ぎて、心を読まれたかと思うほどだった。凄い。
「マルコお前思ったこと言っただけだろ!」
「うん。意味が分からないし……ベルトルトに何かしてもらうの?脅しは良くないぞ」
マルコ・ボットも優秀な訓練兵で、立体機動装置の操作が得意というわけでも取り立てて何か得意な分野があるわけでもなくて、どちらかといえば僕と似たところがあった。王に仕えるため憲兵団に入りたい、という真面目な理由で志願している。不思議とジャンとマルコは仲が良かった。
「……いや、別に。何したいってわけじゃねえけど」
「ないのか」
「おう」
マルコはジャンをまじまじと見つめている。そのままこちらに視線を移してふわっと笑った。
「……オレもベルトルトと話してみたいな」
断る理由がなかった。突然の休日、課題がないわけではないが、明日でも十分間に合う量だ。
得意な訓練も苦手な訓練もない、好きな色は特にない、本は読むけどそれほど好きな作家もいない。憲兵団に行きたいのはどうして、という質問に「内地の特権狙いで」と答えたあたりから情けなくなってきた。
尋問にあっている気分だ。本当の理由は「ライナーやアニと憲兵団に一緒に行く目的があるから」だけど、こんなこと言えるはずがない。
「ベルトルトは優秀だしね。ジャンよりも総合成績は上なんじゃないかな」
「立体機動の操作は俺のが上なんだよ!」
良い機会だから、皆と馴染め。そう笑った今朝のライナーは兵士のままだった。定期連絡までに戻れないようなら、アニにはっきり報せる必要がある。僕に自分の意思はあってはならないのだから。
「ジャンとマルコは憲兵団が似合うと思う」と紙の裏に書く。
何言ってんだ、とジャンが不思議そうな顔をした。
「お前も来るんだろ」



夢の続きを見て、ようやく思い出す。最近見ていた夢は、これだったんだ。
暗いところで、小さな僕が泣いていた。壁を壊した頃のまま、独りぼっちで泣いている。
ひとりがいやだ。みんなといっしょにいたい。おいていかないで。

(殺さなくちゃ)

「これ」は捨てなくてはいけない。弱い気持ちは思い出さなくていい。
僕は何も考えず、自分の意思は持たないで、ライナーやアニの指示に従えばいいのだから。
また元の場所に帰る僕に背を向けて、これから明るい場所で生きる子どもは泣いている。どこまでも照らされた温かく明るい場所が、怖くて。
夢の中だというのに、僕の声は相変わらずでなかった。喉め、仕事しろ。

「だから泣くなよ、泣き虫ベルトルト。」

心臓が、止まるかと思った。

「……なきむしじゃないよ」

僕はいつの間にか彼を見上げていた。鳶色の瞳が僕を映している。泣き虫の僕。弱虫の僕。
お前も来るんだろ、そういったときと同じ、優しい顔で。
喉が震える。音を出す。今より少し高い僕の声で言葉を紡ぐ。

「ぼくはせんしだ」



ごめんね、少し眠るね。
そう言って眠っていたはずのベルトルトは飛び起きた。真っ青な顔をして、眠る前よりも顔色は悪いくらいだ。
悪夢だろうか、時折うなされることがある。ジャンとマルコに捕まって医務室で少し話して疲れたのだ、と。そう言っていたと思うのだが。
ベッドの最上段は照明が近いからか、いやに明るい。
「ベルトルト?どうした?」
どうして。幼馴染の唇は確かにそう動いた。
「ベルトルト。しっかりしろ」
灰色がかった黒の瞳が俺を映す。だいじょうぶ、まだ声は出ないみたいだけど。ベルトルトは困ったように眉を下げた。
ごめんね、ライナー。
謝る言葉は聞き飽きた。それでもこいつは、これが一番良いことだと思っている。最善の策だと。
もうずっと、そう信じている。
「夕飯まで、まだ少し時間があるぞ。走り込みでもするか。んで、飯を食ったらシャワーを浴びてさっさと寝ちまおう」
うん。ベルトルトはゆっくりと頷いた。
「何も心配は要らない。俺たちは戦士だ。今の段階でお前が心配するようなことは何もない」
何も考えないようにするには、疲れて眠るのが一番いい。
ベルトルトが自分の意思なんてないように振舞うのは、俺たちの為だろう。だからこそ俺の覚悟は、それに相応しいものでなくてはならない。
(だから、もう、泣くな)
俺はお前を守る盾で在ろう。唯一絶対の矛のために。
俺はお前に泣かれたら、本当にどうしていいのか分からないんだ。

「ライナー、君は戦士だよ。」

ほぼ二日ぶりのベルトルトの声は少し掠れて、それでもしっかりと俺の耳に届いた。



✿3日目のこと 
 
 
 
もう大丈夫なのかよ、と笑われながら午前のうちにジャンが大部屋に戻ってきた。
「夜には視力も元に戻るんだからいいんだよ!」
見えない状態で歩くことにもすっかり慣れたらしく、ジャンは迷いも見せずに部屋の中を進む。そのままするりと一番下のベッドに潜り込んだ。格好付けているだけの可能性もあるけど、半々かもしれない。
「コニー、ジャンがまたベッドで頭を打たないように見張っておいてね」
「おー!任せろ!」
マルコがコニーに言付けている内容があまりにも子ども染みていて、うるせえぞマルコ、とジャンの怒号が飛ぶ。
大部屋はいつもより騒がしいくらいだった。
「これから皆で街に出掛けるんだけど、ジャンはどうする?動きにくいだろうし、やっぱり残るかい?」
アルミンが首を傾げる。ジャンは少し躊躇して、遠慮する、と応えた。
「行かないのか?」
エレンの金色の瞳がジャンを映している。色んな事を考えて断ったのだろう、と皆が納得したことを平気で突く。そういう真っ直ぐさは、もう僕にはない。
「行ったって何も見れないだろうが」
ジャンはくしゃりと困ったように笑って、ベッドに転がった。
「見えるようになったら課題を済ませる。夜でも間に合うだろ、何と言っても俺は優秀だからな!」
僕はベッドの最上段から覗き込んだまま息を殺していた。声が出るようになったことを、まだライナー以外に伝えていない。昨日の夢を思い出すと、誰かと話すのが嫌だった。
「行ってらっしゃい、ライナー」
荷物を取りに来たライナーに小さく声を掛けると「お前の分も買ってくるぞ、土産」と笑う。僕が嫌がる理由を理解してくれるライナーは今、戦士だ。
「じゃあなジャン良い子に留守番してろよ!」
「僕も要るものだけ買ってくるからね」
ジャンに掛けられる声は多く、騒がしい。
「うるせえさっさと行けよお前ら」
「じゃあ夕飯で!」
残っているのは、僕とジャンだけだ。早々に動いて図書室かどこかに行くべきだったかもしれない。
二人っきりの部屋は静かで、声がよく響いた。
「ベルトルト、居るだろ。来いよ」
「…………」
どうして気付かれたんだろう、と思いながら、僕はそっと梯子を降り、ジャンの前に立つ。裸足のまま立った部屋の床は冷たかった。
「まあ座れ。で、これは独り言なんだが」
ぎしり、とベッドが鳴る。ジャンは耳を澄ませてそれを確認したのか、話を続けた。
「……夢を見た。子どもが独りぼっちでずっと泣いてる夢だ。独りが怖い、独りにしないで、ってずっと泣いてる。俺は、こんな小さな子ども一人くらいどこにだって連れていける、そう思って、置いて行かないって約束をした。あれは、お前だったと、思う」
ひゅう、と喉が奇妙に鳴った。どうして。だめだ。
「俺とお前が失くしたの、逆だったら良かったんだ。無口なお前の声が出なくたって、よく喋る俺の声が出たって、仕方ねえだろ」
ジャンがそっと指を伸ばす。僕が座ってできたシーツのしわを辿って、僕の脚に触れる。
そのままそろそろとのぼって、熱い指先が涙を拭うように僕の頬に触れた。ああ、違う、触れられたところから熱くなる。
「大丈夫だ。寂しいなら傍にいてやる」
どうして、そんなことを言うの。
ジャンは笑う。夢の中と同じあたたかい笑顔で。じんわりと視界が滲んで、何も見えなくなる。
僕たちは戦士で、巨人で、絶対に兵士にはなれなくて。だから、優しくされるのはおかしい。だから。
「泣けよ」
言いもしない事情を加味してくれるほど、この同期は甘くない。芯の通った声だった。
「……変なの。ジャンが、泣くなって言ったのに」
だから泣くなよ、泣き虫ベルトルト。そう言った口で。
「ベルトルトてめえ!もう声出てるじゃねえか!!」
見えていないはずの鳶色の瞳が優しかった。
笑ったつもりだったのに、涙が落ちた。

(俺の前では、泣けよ)



✿そのあとのこと



ちゃんと嫌ってね。僕のことを許さないでね。


この気持ちは毒だ。
じわじわと侵食し、いつ満ちたのか分からないうちに僕たちを犯す。抗う術を僕らは持たない。だからそう、気付かないふりをしていた。静かに息を吐き、要らない気持ちに見て見ぬふりをする。綺麗で大事なものは要らない。
此処で手に入れたものは、全て此処に置いていかなくては。
(……ああ、どうして、)

「大丈夫だ。寂しいなら傍にいてやるよ」

(君の声が、消えないんだろう)



もっと背が高ければ良かった?もっと素直に言えるのなら良かった?もっと優しければ良かった?どうしたら俺を選んでくれた?
なんて、くだらない悩みだったんだな。お前のそれに比べれば。
お前はずっと傷ついて、壊されて、憎くもない相手にまで力を振るい、奪い、それでも前しか見ることを許されず。痛かっただろう、辛かっただろう。休むことさえ許されず、戦い続けるお前のその目に何が見える?
なぁ。ベルトルト。
「ジャン、行ける?」
アルミンの声はいつものように良く響く。俺たちはもう戻れない。
「おう、いつでも」
だけど約束通り、傍にいってやるよ。
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2013/08/10 00:00 | 進撃(SS)

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