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2024/09/29 10:26 |
こどくの恋【ジャンベルジャン】
こどくなベルトルトの話し。
●ぼんやりとしたネタバレ注意●


精神的ジャンベル推しなので両方記載しておりますが、ナニがどうということはありません。ライベル・マルベル・ベリアニ・ベルアニベル・モブベル・ユミベルユミ・ジャンマルジャンを想起させる描写、登場人物の死を含みます。バッドエンドやメリバなど、諸々大丈夫な方のみお進みください。
ベルトルト(スズラン)、ライナー(ジギタリス)、アニ(アコニット)、べリック(オクトリカブト)のイメージで。最後に設定(おまけ)あります。

ハッピーバレンタイン!



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僕たちは蠱毒だった。


兄弟のように毒の中で育ち、人を殺すためだけに大きくなった。揺りかごの下に毒草を敷き詰められて、やがてベッドの下、服に織り込んで、徐々に馴染ませる。もちろん与えられる水や食べ物にも、何とか死なない程度の毒を混ぜられたまま、次第に濃度は上がっていった。毒入りのスープを口にしては何度もげえげえと嘔吐する僕の背中をライナーがさすってくれた。大丈夫、大丈夫だ、ベルトルト。今日はこれだけ飲もう。そしたらもう寝てしまおう。良い子だな。一緒に生き残るんだ。お前は俺が守ってやる。
僕たちは、生き残った。更に毒を増やし、体に馴染ませ、教養と房術を仕込まれた。僕の「練習相手」はいつも一緒に居るライナーだった。
年齢が片手を超えた頃、アニとべリックに馴染んだ毒の強さと濃度が増して、キスすることすら出来なくなった。僕たちが勝手に死ぬことは許されない。管理されて育った「毒」は死ぬ場所もきちんと管理されている。
10歳で初めて人を殺した。僕に見合う小さな仕事だった。僕たちを管理する偉い人を裏切ったらしい(べリックが教えてくれた)男にキスをして、相手の陰茎を咥え込んで、殺した。初めてはうまくいかなくて何日もかかったけれど、どうか奥にくださいと懇願して脚を広げた。こうやって生きていくのだろう、と太い腕に押さえつけられながら僕は悟った。
ライナーやべリックはもちろん、アニにもたくさん仕事が来た。同じところで育った中でべリックは一番年上で、僕たちのリーダーだった。偉い人からの仕事を伝えるのがべリックの仕事だ。僕が十四になった頃(ライナーとべリックは同い年である)、俺たちは毒が服を着て歩いているようなもんだよ、とべリックは楽しそうに笑っていた。

「ベルトルト、次の仕事がきたぞ」


僕は良家と名高い貴族のキルシュタイン家へ向かうことになった。役目は「お話相手」、金持ちらしい道楽だ。見聞を広めるために色んな土地の人を集めているらしい。それが、仇となる。向こうからすれば見ず知らずの国で暮らしたことのある、ということになった僕は深呼吸をする。長丁場になるだろうけど、難しい仕事ではない。目的はお家断絶、標的は一人息子。ジャン、というらしい。年はほとんど僕と変わらない。


「ねえライナー、遠い東の国には『桃娘』が居るらしいね」
「何だそれは」
最近の僕はもっぱら東の国の文献ばかり読んでいる。次の「仕事」で必要だからだ。ライナーの頬を指でなぞりながら、生まれたときから桃だけ与えて育てられた娘の話をする。その娘は体臭や体液の全てにいたるまでほんのりと桃の香りがするのだという。僕たちとは大違いだ。
「中国で桃は仙人と密接な関連を持つ不老不死の道具だから、よぼよぼの権力者が桃娘を寵愛することで若さを吸収していた、まあそういう気分になっていたんだと思うけど」
「なるほど」
桃娘はいずれ糖尿病で死んでしまう。長生きは出来ないところも、同じ。
「いい匂いがするのって、ちょっとアニに似てるよね」
金髪碧眼の小柄な少女。アニの体は薔薇の芳香よりも香しい匂いに満ちている。確実に人を殺す毒、アコニット。
「同じいい匂いでもあいつはトリカブト系だぞ」
「ふふ、知ってる。ねえライナー、もっと奥、来て」
脚を出来る限りゆっくりと、大きく広げる。ライナーは僕のうなじを噛んだ。気持ちが良いのは好きだ。何も考えなくて良いから。



キルシュタイン家で開かれるフェンシングの大会に「エレン」が来ている。フェンシングなど身体を動かす競技が好きな人物、として僕の頭にはインプットされていた。特徴にぴったり当てはまる少年がそれらしい。対立領土や敵国の情報は細部まで覚えているけれど、僕は僕の仕える人たちのことをほとんど知らない。たとえ捕まっても情報を漏らさないように、だ。
(栗毛色、刈り上げ、鳶色の瞳、悪人面)
間違いない、と標的を認識する。「ジャン」は烏の濡れ羽色の髪をした、珍しい顔立ちの少女を見ている。相手に気付かれないように、ずっと。婿養子の当主が再婚した相手の子ども。この上なく不安定な、権力争いの渦中にある少年。キルシュタイン家に運がないのか、少なくとも現在最も運がないのはジャンに違いない。実母を亡くし、母の再婚相手の家に一人。なんて可哀想な子だろう、と思う。殺すときはせめて、苦しまないようにしてあげよう。そう決めた。自分以外の誰かを、特に標的となる相手を哀れむのは気持ちが良い。少しだけ優越感に浸れるから。僕には生殺与奪の力がある。それは絶対に、僕自身には向けられない力だけれど。
エペは単純明快、全身すべてが有効面で、先に突いた方にポイントが入る。アレーの掛け声と同時、フェンシングの剣先をしならせ、相手の胸を突く。身体を使うのは得意だ。

さて、どうやって近付こうか。

標的と一番親しい使用人は、マルコという。黒髪にそばかすが特徴的な、穏やかに笑う好青年だ。使用人と言っても他所の貴族の次男坊で、身分は高い。主にジャンの行儀作法を担当している。 ジャンの幼馴染のようなもので間違いないだろう、としばらく観察した僕はそう結論付けた。屋敷の中のことは一番と言って良いほど詳しく、マルコに尋ねれば夕食のメニューからジャンの居場所まで何でも分かる。肝心のジャンが食事で使うのは本物の銀食器だから、食べ物に体液を混ぜるのは無理だ。少しでも近くに。出来る限り長く。呼気すら毒のこの身であれば。悩んだ末、マルコと仲良くすることにした。人懐こい彼だから、新入りだろうと積極的に話し掛けてくれるので助かった。人と話すのは好きじゃない。例えば、べリックは隠れ家を拠点にして近くの繁華街の横道で女を気紛れに買っては殺す。僕にそんな度胸はないけど、人を殺す方が、ずっとずっと簡単なことだった。


ジャンは僕の背丈よりも高い本棚から適当に本を取り出してぱらぱらと手慰みに捲る。本当に読んでいるのだろうか、と疑問に思いながら多分読んでいない、と結論付けた。ジャンは存外読書家だけど。
「こどくってのを本で読んだんだけど、お前の国に近いんじゃないか」
「ああ、それは更に東の国の呪術ですね」
『蠱(むし)』あるいは『諸蠱(しょこ)』と呼ばれる虫……例えば蜘蛛・百足・蛆虫・蟷螂・蜥蜴、毒蛇、果ては犬、狐、狼を一つの箱や壺の中に入れて、最後の一匹になるまで共食いさせる。
「そうやって最後に生き残ったものを術の要として使用する呪術です」
「ふーん。面白い風習だな、そんなものが呪いになるのか」
尖らせられた唇は赤く、いやに目を引いた。体格がさほど良いわけでもないこの子どもを殺すには何度のキスが必要だろう。
「さて、基本的に呪いは呪われた者が「呪われたのだ」と自覚して初めて効果のあるものですから、どうでしょうね」
「……その蠱毒になった蠱って飼えんのかな」
何をしたいのか発言から意図が理解できなくて首を捻る。
「購入したい、と?」
「ちげーよ、飼育できんのかなって」
蠱を飼って誰かを呪いたいのだろうか。この少年もそういうことを考えるのだ、と思うと腹の底が冷える感覚がした。あんな真摯に綺麗な少女を見つめていたのに。
「飼ってやったらそいつは人を殺さなくて良くなるから、幸せかなって。自然に離すと危ないだろ、ただの虫じゃねえんだから。でも死にたくはないだろうし」
子どもらしい、我が儘で真っ直ぐな考え方だった。じわじわと冷えた身体が熱くなる。人というのは、なんて眩しく羨ましい生きものだろう。僕はゆっくりと息を吐いた。目蓋の裏がじりじりと焼けるようだ。
「っていうか敬語やめろって言っただろ、ベルトルト」
少年は頬を膨らませる。いつまで経っても仕草が子どものままなのは、きっと過保護な父親やマルコの所為でもあるだろう。家庭教師が居るものだから、ジャンは学校にも通っていない。……僕も学校と名のつくところに行ったことはないから偉そうなことは言えないけど。
「……ジャンは、蠱を助けたいの?誰かを殺すためだけに作られた生きものを?」
そっと問う。
「生きものなんて、全部そうだろう。俺は飯を食う。そのために羊を殺す。鳥を殺す。牛も、魚も、生きるために殺す。幸せになる権利がない生きものなんて居ねえよ」
俺はそう思う、と彼は幼い傲慢さで言い切った。

食べるためではなくただ生き残るために奪い、殺し、独りぼっちで生き残ろうとした僕は、蠱毒だ。
君は君を殺そうとする僕も救おうとするだろうか。全ての生きものは何かを殺して生きていくものだと、幸せになっても良いと笑うだろうか。

(……分からない)


ジャンに勉強を教える家庭教師は大人しいけれど芯の強さが伺える女性だ。人を騙して生きている人間からすれば騙されまいとしている人が一番騙しやすいわけで、計画に影響はないだろうと放っておいた人物の一人だった。でも。
「死ね、しねしねしねしね!!」
「……」
彼女の妹は、街中を視察するキルシュタイン家当主の靴を汚し、たったそれだけのことで殺されたという。馬車に轢かれて酷い有様だったのだと、顔が何とか分かる程度だったのだと泣いた。
「そうか」
首を締められて殺されかけているというのに、ジャンの声は落ち着き払っていた。飾り窓から部屋の中を覗いて扉の前で耳を澄ます僕の方が、よっぽど落ち着きがない。本来であればこの時間、僕はジャンの部屋には居なかった。マルコも居ない。その隙を狙われて、だから、ジャンを助ける必要はないのだ。ジャンを殺すのが僕の目的だから、ジャンが勝手に死んでくれるなら、それで十分で。
「俺を殺したら満足できるか?親父は、知っての通り、俺が死んでもあんまり悲しまねえと思うけど」
殺すときはせめて、苦しまないようにしてやろう、と。そう決めたのではなかったか。
「俺はそれでいいよ」
僕はジャンの話し相手で、屋敷に雇われていて、だから。だから今は、ジャンを守る者として動くべきだ。結論付けると脚は勝手に動いた。ドアの留め具ごと蹴り破って中に踏み込む。
「ジャン!!」
焦ったみたいな、必死な声が出た。彼女を両手で抑え付ける。抵抗はほとんどなく、僕の呼び掛けにおう、とジャンは笑った。


僕が殺したいだけだ。あの場に居たのがバレれば不都合があると思ったから。だから、だから、だから。
言い訳ばっかりうまくなる。


家庭教師のことがあってから、屋敷内では身辺調査が行われることになった。使用人や客人に至る全ての関係者、マルコ以外は厳重に調査されるという。しかしながら、その点に関して僕は全く心配していなかった。手配を担当するアニやべリックがしくじるはずがないし、僕たちには私情がないからだ。思想も事情も一切ない。僕たちを育てた「偉い人」だってそんなお粗末なことはするまい。
最近僕はジャンを避けている。本末転倒だけど、調査中は近寄らない方が良いんじゃないだろうか。怪しいし。言い訳しながらこなす雑事は幸い山ほどあって(高い棚の掃除とか重い荷物の持ち運びとか)、その間は何も考えずに済んだ。


「お前、何で最近俺のこと避けるんだよ」
「……そのようなことは」
とうとう書庫で見つかってしまった。ジャンを避けられてもマルコを避けられるはずもなく、彼が僕の居場所を教えたに違いなかった。ああみえてマルコは食えない。ジャンが一歩進むのに応えて僕は一歩後退する。じりじりと追い詰められて、背中に本棚が当たった。
「しかもまた敬語じゃねえか」
「……ごめ、」
自分よりも低い位置から睨み付けてくる鳶色の瞳が何故か怖くて、僕はぎゅっと目を瞑った。近い。
「……あー、もう、ごちゃごちゃ言うのは無しで。とにかく、好きだ。そんだけだ」
ぎゅう、と僕より小さく温かな、それでも力強い腕が僕を包む。ライナー以外の誰かに抱き締められるなんて久しぶりだった。あたたかい。
(僕にこの子が殺せるだろうか)
ぽんぽん、と背中を擦る手のひら。僕たちは幸せになる権利なんてあるはずもない生きもので。それでも、僕は。
「応えろとか言わねえ。返事も、別に要らねえ。黙ってぎゅーってしてやるから、黙ってぎゅーってされとけ、ばか」
何で泣いてんだよ、と頬を伝う毒を拭った指が、あまりに温かくて。
ああ、ああ。

三年を彼らと過ごした僕は、壊れてしまった。





「このままいくとベルトルトを殺さなくちゃいけないな」
べリックはあっさりとそう言い切って、届いた手紙をくるくると丸め暖炉に投げ込んだ。証拠を残すのはご法度だ。俺たちの存在それ自体が既に証拠になるのだけど、最初からそれと気付かれなければ相手を黙らせる術を俺たちは持っている。
「今までベルトルトがしくじったことなんてなかったじゃないか」
俺は出来る限り慎重に言葉を選んで、べリックに訴えた。機嫌を損ねてはいけない。
「女相手でも、男相手でもだ。なあ、べリック。そうだろ?時間が掛かってるだけだよ」
チームで絶対の権限を持つ男に縋る。みっともないのは承知の上だ。他の誰がどこで野垂れ死のうと、べリックやアニが始末しようと、知ったことではない。だけど、ベルトルトはダメだ。ベルトルトは泣き虫で怖がりで、可愛い弟みたいな存在で、俺の対であり、唯一だった。
「俺たちは一度失敗したら二度と生きてはいられない、そういう生きものだよ。ライナー」
ああ。そうだろうとも。そんなことは知っている。
「……だけど、うん。今回はお前に免じてもう少しベルトルトを待ってやろうと思う」
「本当か!」
べリックの瞳はどこまで暗い。毒の流れるそれは暗渠のようだ。馴染んだ毒はオクトリカブト。最も強く、運動神経を遮断するそれは俺たちを管理するのに補って余りある。
「でも、ベルトルトにはちゃんと「知らせて」やらなくちゃいけないな」
アニ、と名前を呼ばれたべリックの対は立ち上がった。アニは勤め先の屋敷に怪しまれないように実家に帰っている、という体で休暇を取っていた。
「いけるか」
「いいよ」
華奢な身体に馴染んだ毒は、俺のそれよりもずっと強い。どこまでも澄んだ青い瞳から表情は読めなかった。



三度目の冬が来た。


「お使いに行って来るね」
「おう」
マルコは白い手袋をはめると外套をまとった。キルシュタインの紋章が二の腕で光る。黒い外套に金の縁取りの刺繍はよく映えた。
「ベルトルト、ジャンを宜しくね」
ひらひらと手を振りながらマルコは送りの馬車に乗り込む。吐き出した息が白い。
「お前は俺のおふくろかよ!」
「年下には違いない」
マルコに合わせて笑うとジャンは楽しそうに唇の端を吊り上げた。
「何だよお前、笑えるじゃねえか」
「……そんなことないよ」
ある、と二人は目を細める。僕はどうすればいいのか分からないままだ。此処にはライナーが居ない。僕の生きる意味は殺すことだけ。
「うん、ベルトルトが笑ったの、久しぶりに見た」
ジャンと幸せになってね。マルコの囁いた声が耳から響いて、頬がじんわりと熱かった。寒い所為だ。
「……行ってらっしゃい、マルコ」


僕は、返事をしなかった。


「……何だよ」
マルコが留守だから午前中から放置されているお蔭で書類を並べ替えていると、ジャンの手が僕のそれに触れた。だからどちらかといえば、「何だよ」は僕の台詞だと思う。別に良いけど。
「別に?」
「ふん」
暖炉のぱちぱちという音が部屋の中に響いている。空気は暖かく、僕の吐息が毒として広がりやすい温度だ。空気が悪いと言いながらジャンの手を解いて窓を開ける。これで少しはましだろうか。
マルコにしては珍しく遅い、と話していると僕が街へ行く用事を言い付けられた。本来ならマルコの仕事だけど、それなりに急ぎの使いらしい。これをチャンスとジャンは窓から抜け出してきた。隙あらば屋敷から抜け出そうとする彼だ。
「……坊ちゃん」
嗜めるように呼べば唇を尖らせる。
「坊ちゃんって呼ぶなって、バレんだろ」
「君ねえ……目付きの悪さと馬面ですぐにバレるよ。特徴的だから」
「てっめえ言いたい放題だな!」
街に近付くにつれて賑やかな声が響いてきた。僕には馬車を使う権限もなければ紋章入りの外套もない。徒歩だ。子犬よろしく僕の周りを跳ね回っていたジャンは目敏く街中の人集りを見付けて「あの騒ぎかもな」と呟いた。マルコの帰りが遅い原因だろう。同感だった。意味もなく遅くなる彼ではない。
「行ってみる?」
じい、と鳶色の瞳が僕を映す。彼の後ろには小綺麗な建物とレンガ造りの壁があった。
「はあ?お前はお使いしてろよ」
「君一人にしたら怒られるよ。僕、マルコに君を任されてるんだから」
ジャンの手を取って人集りに混ざる。触れたところが熱い。さっきの仕返しだ。こういうとき背が高いというのはなかなか便利で、隙間を縫うようにして先頭まで進むのに成功した。ふう、と人混みの間から顔を出す。


マルコが、居た。


右上半身は潰れてほとんど無く、虚ろな左目は何も映してはいない。濁った瞳がよく笑う彼のものだとは僕にも信じられなかった。見慣れたはずの人の死なのに。ジャンはよろめきながらマルコに近付く。顔色はほとんどない。ただでさえ白い肌が青白くなっている。取り囲む兵士の制止に「同じ屋敷の者です」と名乗った。声が震える。ジャンの顔を見て彼らは引き下がった。
(ああ、べリックだ)
僕は確信した。マルコの口は固く閉ざされていて、その形だけ見るならば「i」、アニの母音だった。彼女はマルコに名乗ったのだ。僕にきちんと警告が伝わるように。
「……マルコ?」
ジャンは喉をひゅっと鳴らして、泣き出しそうな顔をした。
「お前、マルコか?」
当然応えは無く、ジャンは、泣かなかった。


殺されたって構いはしない。僕が殺したも同然だ。殺される覚悟で打ち明けた。何れにせよ、僕たちは失敗したら生きてはいられない生きものだ。
ジャンはああ、そんなことかよ、と言った。
「知ってたんだ。分かってた。お前、絶対に誰かと同じ食器使わないもんな。食べかけも残さないし、半分にも分けない。怪我もしないようにしてる」
「じゃあ、どうして」
僕は茫然とした。ジャンは鳶色の目を細めて愉快そうに笑う。
「マルコだって気付いてた。お前、ほんと何でも出来るのに鈍いのな」
マルコ。マルコが。僕は。

「マルコも俺も、お前を信じて良いと思ったから。殺すはずの俺を助けてくれただろ。見殺しにすれば良かったのに」


マルコの最期を誰か見ていないかとジャンは寝る間も惜しんで目撃者を探し続けている。アニがそんな失敗をするはずがないと知っていて、僕はジャンに付き添った。見つけたときの姿を反芻する。マルコは最期に悲鳴もあげなかった。きつく口を閉ざして、手がかりになるだろう彼女の名前を遺したのだ。マルコは彼女が僕の関係者だと気付いていただろうか。
「……ジャン、ほら、寝よう」
寝ない日が続き、何とかベッドに横にすると、糸が切れたように眠った。もう一週間もこんな生活を続けている。ジャンが屋敷に戻るのを嫌がって、街中に宿をとることも多い。
あいつはあんな死に方をしていい奴じゃないんだ。何でだろうな。あんな優等生が、誰にも看取られずに、独りぼっちで死んで良いはずがないんだ。ぽつぽつとジャンは言葉を紡ぐ。
僕はジャンを慰めるためにキスすることもできない。せめて隣に寄り添いたいけど、狭いベッドの中で言葉を交わすだけでも身体に障る。毒が呼気にも含まれてるから。そもそも、この子が苦しむのは、僕の所為だ。ぼくにはころせない。
「ベルトルト、何か話せよ」
同じ部屋の中、ベッドから離れた飾りのような椅子に座ってジャンに話し掛ける。窓際は月明かりが眩しい。
「……僕たちは俗にビーシュ娘、って呼ばれる。圧倒的に女の子が多いから。女の子は身体も丈夫だし、実用的なんだ」
揺りかごの下に毒草を敷くところから始めて、やがて布団の下、服に織り込んで、といった具合に徐々に馴染ませる。もちろん乳や飲食物にも毒を死なない程度の混入して次第に濃度を上げていく。主に「ビーシュ(鳥兜)」で育てられて、いわゆる年頃にはビーシュを食べても平気になる。致死成分のある薬草への耐性を養って、体内に免疫を宿らせるんだ。年頃になったビーシュ娘を殺したい貴族のもとに贈ると、哀れな貴族は毒娘と舌を絡め、死神の涎とも知らぬ蜜が垂れる膣に自らを挿し入れた瞬間、体に毒がまわって死んでしまう。
「つまりビーシュ娘っていうのは誰かを殺すためだけに作られた、人間とは言えない生きもののことだよ。蠱毒と同じ。僕はスズラン、ビーシュに比べれば弱いけれど、人を確実に殺す毒だ」
楽しくも何ともないだろう僕の話を聴いたジャンは「お前が居て良かった」と囁いた。


一ヶ月が経った。


「なあ、今殺せよ」
はっきりした声が闇を裂く。手元だけ明るくしていた僕は、あやうく燭台を床に落としそうになった。
「……笑えない冗談はやめて、寝て」
ジャンはもう何日も満足に寝ていない。マルコの最期の目撃者を探し続けていることに加え、僕の傍に居るからだ。僕の傍に居れば確実に死が近付くのに、開き直ったみたいに離れようとしない。
「俺を殺したら見事、名門キルシュタインのお家断絶だ。親父は年だし、ババアはもう居ねえ。お前は元の場所に帰れるし、俺は、そうだな。マルコのところに行ける」
「僕は君を殺したくないよ……」
僕の本心だった。傍に居たくて、だからこそ居たくなくて、僕はきっと君が好きで。
「跡継ぎなんざどうせ顔も知らねえ親戚の誰かが殺そうとするんだ。そいつ等が雇った暗殺者よりも、俺はお前に殺される方が良いね」
ジャンが自嘲する通り、「本物」のキルシュタインの血なんてもう残ってはいない。
「馬鹿言わないで」
「今まで何人殺したからそんな甘っちょろいことを言えるんだ?何人抱いて、抱かれて、殺したんだよ。なあ、ベルトルト」
お互いしかいない寂しさも、身体を押さえ付ける太い腕も、君にはきっと分からない。僕は。ぼくたちは。
「誰が、人なんか殺したいと思うんだ!誰が好きでこんなこと、したいと思うんだよ!」
僕たちはそう作られてしまった。いっそ死んでしまえば良かったのに、それは恐ろしくて出来なかった。独りぼっちが怖かった。
「……ベルトルト」
「君は家に帰るべきだ。帰る場所があるんだから」
血の繋がった家族は一人だって居ない。それでも、ジャンの居場所はあそこしかない。僕にはライナーたちしか居ないように。
「……帰りたくねえよ、あんなとこ」
ジャンは歯を食いしばって泣いた。キャラメル色の瞳からぼろぼろと涙が落ちて、喉の奥で小さく唸った。マルコが死んだときにも泣かなかったのに。
「俺も自分では死ねないんだ。だから酷いこと言った」
ごめん、また泣かせた、とジャンは困った顔をして笑った。お前は泣き虫だけど、実は俺もだ。
「ジャン」
名前を呼んで前髪を掻き上げる。ただ傍に居ることさえ出来ない僕は、そっと泣き疲れて眠ったジャンの額にキスを落とした。次にまぶた。負けないで。唇は触れるだけ。この子は既に僕の毒で弱っている。僕は君が羨ましくて、怖くて、嫌いで、大好きでした。本当だよ、ジャン。


さあ、行かなくちゃ。
僕にはもっと、酷いことができるはずだ。


「逃げても良いんだぜ」
この宿屋の女主人は柄が悪く、恐ろしくさばさばしていて、僕のことを「知って」いた。彼女も僕と同じなんじゃないかなあと思うけど、確かめたことはない。
「ガキが二人転がり込んできても置いてやるくらいのスペースはある。坊ちゃんには不衛生できついかも知れねえが」
ユミルは、怖いけど、優しい。
「ユミル」
ジャンを宜しくね、と笑う。ジャンは強い人ではない。マルコがかつてそう言ったのだ。僕よりもずっとずっと強い彼が。ユミルはハン、と小さく息を吐いて「行ってこい泣き虫」と笑った。きっともう、二度と会うことはない。



「またあれか」
キルシュタインの屋敷は広く、静謐で、どこまでも冷たい。家人も同様に。
「はい」
「困ったものだな」
困るのは、どうしてだろう。ジャンが自分の手の届かないところに居るからか、思い通りにならないからか。
「坊ちゃんが体調を崩されてまして、馬車にも乗りたくないとの仰せなので街中の宿二階を借り切っております。それに」
「それに、何だ」
僕の名前を呼んで、旦那様は先を促す。権力争いの渦中に生きた年老いた男の目。
「あの子を巻き込むつもりはないので」

だってジャンは、僕が居て良かったと言ってくれた。

ジャンを殺す代わりに、この家ごと潰す。「心配して」集まった親戚は皆殺しに。全く、始末し易くて困るくらいだ。血の臭いがひどい。爪の間に入りこんだ肉片はなかなか取れそうにない。本来この場に居てはいけない人は裏の林に深く埋める。
(誰も残さない。誰も)
身代わりに捕まえた年の近い浮浪者に僕の洋服を着せて、馬鹿みたいに広い屋敷と一緒に燃やした。どうせ配給品だ。燃え残った持ち物や骨格がうまいこと僕と一致すれば良いんだけど。そのために選んだ青年だ。背の高さから探すのはなかなか難しかったし、選ばれた彼には可哀想なことをしたな、と思ったけど、殺した数が両手の指でも足りない僕が今更言えたことではなかった。死ぬときは多分、苦しくなかったはずだ。


ジャンは、僕が居なくなったら、泣くだろうか。泣いてくれたら嬉しいな。大切にされているみたいで。
死んだと思われるならそれでいい。きっとそれが、一番いい。





好きな相手を殺すより苦しい方法で「殺した」わけだな。悪くないぞ、ベルトルト。よくやった。お帰り。
べリックはひどい格好で逃げて来た僕を隠れ家に引き入れ、優しく背中を撫ぜた。ライナーが戻って来て「お帰り」と言われて初めて、ああ、僕の恋は終わったのだと静かに思った。

此処が、僕の居場所だ。

次の仕事は、たぶん今までで一番大きな仕事だろう。人生を賭した大事な仕事。何と言っても僕は一度失敗している。
ライナーは気をつけろよ、と笑って僕の頭を撫でた。もう会うこともないだろう。たった一人の僕の対。大切な、僕の唯一。キスを強請ると額に柔らかい感覚が落ちた。
「あいしてる」
ああ、ライナー、僕たちは独りぼっちなんだ。分かってるだろう?
うそつき。ぼくもおなじだ。





少女のような容姿をした金髪の彼が居るのを、僕は確かに確認した。送り込まれる前から分かっている。僕は捨て駒。此処は、王の宮殿だ。磨かれた銀食器に触れ食事した。分かっていて、それでも。あっという間に捕縛されて、押さえ付けられた腕が痛い。
「死刑囚は前へ」
膝を折ったまま、囚人だろう男の唇が重なる。分かっているのかいないのか、男は舌まで入れてきた。分かっているのならば冥土の土産のつもりなのかも知れない。汚い。嫌だ。また殺すのか。殺してやる。胸を押さえて苦しそうに息をしながら男は倒れ込んだ。続いて、嘔吐。めまいもあるだろう。この男が起き上がることはもうない。宮廷医が駆け寄って症状を確認し、ゆっくりと脈拍が止まるのを見届けた。
「ビーシュ娘の類だね、間違いない」
朗々とした声が響く。そうとも、大正解だよ、アルミン。彼に足りないのはきっと体力だけなのだろう、といつかのフェンシング試合を思い出す。ジャンの笑った顔。マルコの窘める声。僕が、奪ったもの。
「……バレちゃった?」
「ジャンの家を潰したのもお前だな。俺を殺しに来たんだろ?いつだったかあいつの家の大会で会った」
広間に響くのはまだ幼い声だ。「エレン」が次の王様だということを、きっとジャンは知らなかったのだろう。口汚く罵って、突っかかって、ミカサを見ては頬を染めて。彼女はいつも通り、エレンの傍に控えている。
「この人殺し」
ぎらぎらと光る金の瞳には背の高い細身の男が映っていた。生きるために殺す人殺しだ。
「ふふ。違いない」
君には分かるまい。僕たちがどれだけ生きるのに夢中で、必死で、怯えていて、お互いしかいなくて。そして、今の僕がどれだけ満たされているか。
「極刑だよ、ベルトルト。出来るだけ苦しんで死ね」
追って沙汰する、とアルミンが付け加えた。僕の故郷で悪魔の末裔と呼ばれる君たちは、さて、どうやって僕を殺すんだろう。


「……君が、来てたんだ?」
金髪碧眼が目に入って驚いた。暗い地下牢に彼女の色合いは眩し過ぎる。
「もう三年になるよ」
あの王様を殺すため、アニは命を削っている。彼女の一生をかけたとして、彼を殺せたならそれで十分なのだろう。僕たちの価値なんてそんなものだ。その程度であり、それだけで良い。
「僕で失敗したと見せかけて油断させるわけか。べリックらしいね、さすが!だけどアルミンが騙されるかなあ。それが難しいところだよね」
この考えが正しいなら、君は僕のところには来るべきじゃなかった。こんな静かで冷たい地下牢には。危険な賭けだ。
「ベルのばか」
空色の瞳からぼろぼろと涙が落ちる。僕たちの涙や呼気はそれだけで毒となり得る。当然、彼女も同じ。
「泣かないでアニ、僕、君が泣いたらどうしたら良いか、分からないんだ」
アニはそっと鍵を開けて檻の中に入ると僕に優しくキスをした。置かれた食器には手を付けないでおく。啄むようにアニの唇が僕の唇に触れる。誰かに触れられる、ということが既に久しく、懐かしく、温かかった。やっぱりアニはいい匂いがする。ジャンとは違う。ジャンの唇は少しだけ荒れていて、かさついて、あたたかかった。舌がゆっくりと絡み、彼女の毒を嚥下する。血液と一緒に僕のそれとは相容れない毒が回っていく。指の先までじんじんと痺れる。夢にまで見た死が近い。ひどく甘い毒だった。
「おやすみ、ベルトルト」


僕たちは孤独だった。





◆設定(おまけ)


ベルトルト(スズラン)、ライナー(ジギタリス)、アニ(アコニット)、べリック(オクトリカブト)のイメージで。


ベルトルト◆スズラン
嘔吐、めまい、視覚障害、徐脈、血圧低下など
コンバラトキシン、コンバロシド等の強心配糖体。
心機能の低下。不整脈。

ライナー◆ジギタリス
吐き気、脈拍の乱れ、下痢、不整脈、めまい、視覚異常、錯乱、食欲不振など
強心配糖体(ジゴキシン、ジギトキシンなど)。
心筋に直接作用する。

べリック◆オクトリカブト
トリカブトには猛毒性のアコニチン系アルカロイド、アコニチン、メサコニチン、ヒパコニチンなどが含まれる。
中毒すると唇や舌のしびれに始まり、手足のしびれ、嘔吐、腹痛、下痢、血圧低下などをおこす。
運動神経が遮断されるため、顔面の筋肉が動かなくなり無表情に。 重症の場合は、心臓麻痺や呼吸不全で死亡。

アニ◆アコニット
キンポウゲ科トリカブト属の植物。
手足のしびれ、嘔吐、腹痛、下痢、血圧低下などをおこす。
吐息や体臭などは薔薇よりも芳しくなると言われる。



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2014/02/14 00:00 | 進撃(SS)

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