恋煩い

●１０巻迄のネタばれ注意●

頭が良いばっかりに色んなものに縛られて動けないアルアニが可愛いと思います。
頭の良い人は盲目になれないので、恋が出来ない。進撃、まんまとハマりました。 
 

[2回]

街の中、本屋の立ち並ぶ通りを抜けると露店が所狭しと密集する広場がある。食べ物屋に紛れるようにしていくつか装飾品が売られている店が点在していた。
一際目を引く、凪いだ水のように青い石がはめこまれた美しいバレッタ。
何か買い物をするつもりはなかった。でも、即決だった。
彼女に似ていると思ってしまったから。どうやって渡すかも決めていないくせに。
受け取ってもらえなくても、構わない。


ベルトルトは自分の意思がないことを理解している。だからこそ、ライナーやアニの変化には敏感だった。
ライナーは壊れてしまった。アニは、アルミンをみている。もうずっと。恋ではないのか、と尋ねられた彼女の反応は冷ややかだった。
「これが恋だとして、それで？」
あれは人間だよ、とアニは応えた。
「私は知ってる。あれは早死する」
今しか言えないのに。僕たちには伝えるだけの資格はないのかもしれないけど。
「アニ……」
アルミンは確かに死に急ぎ野郎とあだ名されるエレンの親友ふさわしく無茶をする。技巧を究めれば良いのに、他に道はいくつもあるのに、調査兵団に入団して死のうとしているように見えた。たぶんこれは間違いではない。
「アニ、こわいの？」
「ベルトルトほどじゃない。でも、そうだね、怖いよ」
ぎゅう、と抱きしめた小さな身体は震えていた。どうか泣かないで、僕では君の救いにはなれない。
僕は、人間が、怖いよ。
（アニは失うのが怖いんでしょう？）


食堂を一人出たところで、声をかけられた。ミーナは片付けの当番だから、私一人だ。断る理由がない。
アルミンの声だと分かっていて、振り向いた。
「アルミン？」
あのね、と彼はポケットをごそごそと探って茶色い包みを取り出した。ゆっくりと開けば中身が見える。女性物のバレッタだ。
「……アニ、これ、受け取ってくれたら、嬉しい」
何でこんなものくれるの。何で私に構うの。どうして、私なんかを見るの。
「なんで」
色んな事を言いたかったのに、一つも満足に言えなかった。
「アニの瞳は、きっと海の色だから。あっ、海って言うのは、塩分を含んだ水でできた流れていない河みたいなもので、ええと」
アルミンは白い肌を耳や目尻まで真っ赤にして、口をはくはくと動かした。
「……ごめん。変なことを言ったね」
同級生の差し出した髪留めは青い石がはめ込まれた丁寧な装飾が施されたもので、私にだって安くないことは分かる。
「あんたのほうが似合うよ」
同じ金髪と瞳の色なのに、どうしてこうも違うんだろう。
「ええ？」
くしゃ、と顔が歪んで泣くだろうか、と思った。大丈夫だった。アルミンをみているとはらはらする。
「でも、貰う」
「ありがとう、アニ！」
真っ青な瞳がきらきらと光って、空みたいだ。美しい、と思う。これはきっと、いつか私を殺す目なのに。
「お礼を言うのは私だろ。……ありがと」
受け取るために手を伸ばすとアルミンのそれに触れた。温かい手。
「使うよ」
大切なものは身につけなくてはいけない。いつ此処を立ち去るのか分からないから。
（……持っていくつもりも、ないくせに）
アルミンの笑顔が、瞼の裏に残っている。

苦しいことや悲しいことは私を縛りはしない。
本当に私を縛るのは、幸福な記憶だ。
（こんなことばかり思い出す）
ねえ、ベルトルト、私の負けだ。
ライナーのように壊れなくたって、一緒に過ごした皆を好ましいと、愛しいと思った私の負けだったのだ。
アルミン、そう名前を呼べるだけで、私はもう満足だった。
（よわっちいくせに）
相手を殺す道具を持って、相手を殺せない少年と遊ぶ。そのくせ、彼は私の息の根を止める。あの日予感したとおりに。
私は深い河の底に沈む硬くすべすべとした石となって、誰が呼ぼうと目が覚めることはない。
どんな波紋も届かないように。
（ありがとう。）

　さよならアルミン。もう会うことも無いね。


　Memento mori
　（　汝、死を覚悟せよ。　）


「どうして僕が、アニを逃がしてあげられると思ったのさ」
結晶は凪いだ青色で、はっきりと僕を拒んでいた。たったこのくらいの壁で。
「逃がしてあげられないよ。ごめんね」
いつか必ず、此処から引きずり出してみせるから、そしたら。
（また笑ってくれると良いな）