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2024/07/01 18:53 |
ひとみのさかな【富池】
富松先輩と池田の瞳の話し。


拍手[3回]


池田の目は、水をたたえている。


授業がない休みで、火薬委員会は連立って外出していた。火薬委員会は皆で出かけたんですって、と、昼飯時に食堂のおばちゃんに聞いて知った。
道理で静かだと思った。一つ下の後輩と喧嘩をすることがなくて良い、なんて思いながら過ごして、とうとう暗くなった。委員会で少し切った指を数馬に見つかって、医務室に連れていかれた。
「作兵衛、気をつけないとだめだよ」
「分かってらぁ」
だから、火薬委員会が帰って来たとき、俺はまだ医務室だった。
久々知先輩の背に、池田が在った。
夜番の数馬が廊下から勢い良く飛び出してどうしました、と先輩に尋ねた。
どくどくと心の臓が鳴る。久々知先輩に背負われた池田はぴくりともしない。
「帰り道山賊に遭って、逃げ切ったんだが、どうやら何か破片が飛んだらしい」
覗きこんだそこに、いつもの青い瞳はなかった。
布の白さが目を射るのと同時、じわりと滲みた赤が飛び込んできた。
「目を傷付けたかもしれない。出血が酷い」
「分かりました、中へ」
行かなきゃ。
「俺、善法寺先輩を呼んでくる!」
六年長屋に走る。足がもつれそうだ。早く。もっとはやく!
「作兵衛、どうした」
食満先輩の驚いた声で迎えられた。
「善法寺先輩、を、池田が死んじまいます」
衝立の向こう、立ち上がった勢いで転んだ善法寺先輩は、体勢を立て直すのと同時に医務室に向かって駆け出した。
「助けてください」
おねがいします、と紡いだ言葉は声にならなかった。


両目が覆われた状態のまま、医務室に泊まることになった。
「池田三郎次先輩」
「泣きそうな声出すなよ。死にやしないんだから」
伊助の小さな手が俺に触れた。ひどくあたたかかった。そっと湯呑を握らされて、中でお茶が動いたのが分かる。みずのおとがした。
どのあたりをとんできた破片で切ったのか、全く分からない。目の周りが焼けるように熱かったのだけ覚えている。
だから、瞳がどうなったのだか分からないけれど、片目が潰れてもまだ大丈夫だ。動ける。ものがみえる。
(――ああ、でも、あの人はもう見てくれないんだな)
あの人の好きなものはもうなくなってしまった。
俺の目がまるで水をみているようで好きだ、と、言ってもらったのに。
「動いたらだめですよ」
伊助はしっかりと念を押す。もう耳にタコができた。目を覆った包帯は元褌じゃないだろうな、と、くだらないことを思う。
「ガキじゃないんだから」
「十分ガキでしょ!ぼくがお夕飯を持ってくるまでじっとしててくださいよ!」


池田の瞳は美しい。
池田の気持ちに応じてきらきら輝くし、美しい色をした魚が泳ぐ。
まるごと閉じ込めてしまいたいと願っていた。
(俺だけのものになったらいいのに、って)
そう思ったのだ。だからおそろしかった。


「…………誰ですか」
気配が在った。伊助ではないな、と思う。すぐに応えはない。一呼吸。来客にしろ、曲者にしろ、人を呼ばなくては。
「いけだ」
口を開いたところで、声が響いた。いつも俺と喧嘩をしているあの人の声だった。
「何ですか」
声は自然硬くなった。相手の声がそうなのだ、こちらがそうなってもおかしくはない。そうだといい。
「目、傷があっても見えるようにしてみせるって、善法寺先輩が仰ってた」
「それは、どうも」
喉の奥で詰まったように言葉が出ない。いつもはあれだけ勢い良く話すくせに、一つ年上の先輩は言い淀んだ。
無礼だとか生意気だとか、いつものようにもっと言ってくれれば良い。そしたら、僕だって。
「はやく治せよ」
それだけ言ってどこかへ行ってしまった。入れ替わりに、伊助の軽い足音がぱたぱたと鳴る。
「あれ。池田先輩、どなたか来られてたんですか?」
「……いや、別に」
治すのは、保健委員長だって自分で言ったくせに。


結局、俺の目には傷一つなくて、瞼の上から目尻にかけて薄い傷だけが残った。
注意して見なければわからないし、たぶん起きているときには確認できない箇所だ。ちょうど瞼で隠れるので。
見事全治だよお疲れさま、と善法寺先輩に言われて、久々知先輩やら伊助やら(タカ丸さんは泣いていてそれどころじゃなかったけど)、医務室からの退室祝いが終わって。やっとあの人が来た。
「池田あのな、俺ぁ別にお前の目だけが好きなんじゃねえ。全部好きだからな」
恥ずかしいことを言っている自覚はあるのか、首筋まで真っ赤になっている。だから俺も照れてやるのが悔しくて「はあそうですか」とだけ返しておいた。我ながら可愛くない。
「可愛くねえ」
「でも、好きなんでしょ?」
「ふざけんな、だから、好きだ!」

池田が笑う。
池田の瞳の中の魚が、俺に応えるように跳ねた。 


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2013/07/14 00:00 | RKRN(小噺)

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