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2024/09/29 12:23 |
幸福世界征服論【ジャンベル】
幸せにしたいジャンの話し。
●48話迄のネタバレ注意●

バースデーリクエストの【転生ジャンベルで記憶はないけど前世を夢に見るベルトルトを幸せにしようと記憶有りジャンが頑張るハートフルストーリー】でした。
ジャン「天使の末裔め!幸せにしてやる!」でだいたい合ってます。


拍手[2回]




ベルトルトは恐ろしく寝相が悪かった。
普段の優秀で目立たない謙虚な姿が嘘のように、彼は寝入ってからも寝相で皆を苦しめた。ベルトルトの隣を持ち回りにしていた同室の僕たちは、皆一度はベルトルトの寝技をかけられたし、抱きつかれていたし、その大きな身体に引き摺られて一緒にベッドから落ちることもあった。



眠りにつく順番や、眠るときの姿はきっと、その人の死に似ている。



ジャンは静かにベッドで横になっていた。
訓練兵団の頃の昔話をしながら、僕はそっと彼を観察する。痩せた身体や、銀色の髪。色褪せることのない鳶色の瞳は、きっと僕が観察しているのを分かっている。
「俺たちは昔から宵っ張りだったな」
「そうだね、本を読んだり話をしたり」
「お前の話が長えから……マルコはすぐに寝やがって」
大部屋はその名のとおり大人数で寝泊まりを行っていた。長い間一緒に過ごすうちに眠る順番というのは自然と決まっていくもので、ジャンや僕が眠りに就くのはかなり遅い方だった。
夜更かしはきっと、生き汚い。
「……そうだったね」
「ベルトルトは寝てからも酷かった」
ベルトルトには散々、振り回された。寝相のように、彼が居なくなってからも。
うん、と僕は頷いた。きちんと声を出せただろうか。あまり自信がなかった。泣いてはいけないのに。ジャンは病気や怪我で苦しんで逝くわけじゃないのに。いかないで、と願う資格を僕は持ち合わせていない。
「またお前が最後かよ」
「そうみたいだ」
一緒に生き残った最後の同期生はそっと目を閉じる。今君の瞼の裏に映るのは誰だろう。強くて美しい艶やかな黒髪の彼女だろうか。たった独りで逝ったそばかすの親友だろうか。何も知らないあの頃の皆だろうか。それとも、憎しみの象徴の姿をした、誰よりも寝相の悪い彼だろうか。
「あー……悪いアルミン、俺、疲れたからちょっと寝るわ」
「……ジャン」
眠るだけだよ、とジャンはおかしそうに鳶色の瞳を細めて笑った。それが、最期の言葉だった。
「おやすみ」
ジャンは僕の恩人だった。
僕が生き抜く中で捨ててきた人間性をそっと拾い集めて、無理矢理僕に押し付けて、ざまあみろと楽しそうに笑った。ずっと一緒に戦ってくれた。人類の恩人でもあった。
「僕がまた、最後だね」
大丈夫、きちんと全部整理するよ。皆の生きた証を遺していく。

これは最後に眠る人の、仕事だから。
(君がこれからみる夢の中でくらい、君たちが幸せだと、いいな)



◆◆



不思議な夢をみる。
物心ついたときにはみていたから、いつの頃からなのか正確には覚えていない。
小さいときから、よくその夢をみては泣いた。夢と現実の区別がはっきりしなくて、ずっとずっと怖かった。そのお蔭で僕には変な噛み癖がついてしまって、手には痣がある。噛み過ぎてついた痕だ。赤黒いあと。

戦わなくちゃ。
そう思って、僕は手の肉を噛み千切る。
高い壁に囲まれた、小さな世界。この中にはたくさんたくさん怖い人たちが居る。怖くて悪い人たちだ。僕は暖かい夢に微睡みながら腕を振り上げる。誰かがやらなくちゃいけないんだ。怖い。帰りたい。助けて。


「たすけて、   」



◆幸福世界征服論



俺の知る巨人の一人は、何の躊躇いもなく自分の手を歯に当てて、噛み千切った。人類の希望とまで呼ばれ、誰かの考えによって都合良く使われながら、目的の為なら自分の命を削るすることさえ厭わなかった。何があっても戦うことをやめない同期だった。特別な力なんてなくたって、巨人を一匹残らず駆逐するのだ、と無責任に自分や周りを鼓舞した。周りのことは見えない子どもだった。

「……お前が、あいつみてえに、周りの見えない馬鹿で、どうしようもない死に急ぎ野郎だったら良かった」

俺の知る巨人の一人は、色んな事を抱え込んでは自分一人で決断することもできずに涙を堪えていた。人類の仇と呼ばれ、こんなことはしたくないのだと、誰が人なんか殺したいと思うんだと、すぐに独りぼっちになっては泣いた。子どものくせに大人以上の責任を負う大馬鹿野郎だった。


俺は全部覚えている。
3年間と少しのあいだ、仲間として過ごして裏切り者と呼ばれたベルトルトが、どうやって死んだのかも。最初から仲間ではなかったんだから、あれはひどい言いがかりだったんだろう。アニのように結晶化をすることもなく、傷だらけの子どもはただ笑った。だって君は、どうしたって、殺してはくれないのでしょ?ベルトルトは俺にそう言って笑った。俺を映す緑色の目。そうだ、俺は殺してやらない。エレンの背中を押して、こいつを英雄にして、大事なものを平気で投げ捨てる奴らを引っ張って、大勢を死に追いやりながら生きていく。殺せばいい、君の希望通りではないけど。エレンに安っぽい挑発をして、エレンはそれに乗ってやった。


(だから俺が、幸せにしてやらねえと)


ベルトルトはたぶん、幸せを掴むのが恐ろしく下手だ。たとえ掴んでも、幸せだとは気付かずに、自分で投げ捨ててしまったりする。俺は卑怯だ。自覚はしている。ライナーが見つからない今だからこそ、俺の持っている全部で。

ベルトルトの手には、妙な痣がある。

巨人にならなきゃ、戦わなきゃ。
ベルトルトは生まれ変わってもなお夢の中で繰り返し手を噛んでいるのだと思う。怖い夢をみると言っていた。手の肉を噛み千切る自傷行為は見ているだけでも十分に痛い。エレンが自分の手を噛んでは血塗れになって苦しんでいたのを思い出す。巨人は殺す、一匹残らずだ。金色の目をギラギラさせるエレンはいつだって真っ直ぐで、無責任で、俺と考え方が合ったことがない。その言葉はお前を殺すのに。
「ベルトルト、ん」
ベルトルトは相変わらず一つ年上だけども、本人が気にしないのを良いことに俺は呼び捨てにしている。
カップを受け取ったベルトルトが目を丸くて固まったので、首を傾げる。
「あ?ホットミルク好きだろ?蜂蜜垂らしたやつ」
「うん。ありがと……僕、いつジャンに言ったっけ?」
さあっ、と血の気が引く。やっちまった。おばさんからだろ、確か、と答えて、これで誤魔化せていますようにと願う。前世のベルトルトは甘いものが好きで、貴重なミルクを温めてそれに蜂蜜が垂らされたものをそれは嬉しそうに飲んでいた。そうだ、これは前の記憶だ。
今と昔を混同してはいけない、と思う。それでも俺がこいつを幸せにしたいと思うのは昔の記憶に因るもので、俺の中に矛盾はない。
「……おいしい」
「そいつぁ良かった」
修学旅行の班長になっちゃった、どうしようジャン、僕に自由行動のルートなんて決められないよ。真っ青な顔をして家が近いだけの友人にいうことでもないのだろうに。俺は高校一年、ベルトルトは高校二年である。大方同じクラスの奴に体よく押し付けられたんだろう。ライナーが傍にいないとこういうとき不便だ、と思ったがあいつは二つ上だった。だめだ、居ても同じクラスじゃなきゃ意味がねえ。
ババアたちは幸い二人で旅行で居ない。ついて行くつもりもなかったが、残ることが前提で金曜帰ってきたら家に誰もいない、というのはなかなかショッキングだ。作り置きされた夕飯を食べて、予習をするか風呂に入るかさあどうする、と悩んでいるところでベルトルトが半泣きでの来訪だ。お前このまま泊まれよ、と言えばいいの、と嬉しそうにした。
たったそれだけのことで浮足立つんだから、俺もたいがいお手軽だ。
「ルート考えんぞ。俺への土産を買い忘れないように物産館を入れてやる」
「そんなことしなくてもジャンへのお土産は絶対に買うよ……」
ふふ、とカップで顔を半分隠しながら笑う。
「……観光したいところも決められない奴がでかい口叩いてんじゃねえ」

絶対、だとか、そういう言葉を貰えるのが夢みたいだ。



◆◆



「怖い夢をみるんだ」
ジャンは僕の隣に座っていて、ミルクティー色の髪とつむじがよく見える。広げられた観光パンフレット、真っ白な予定表、テーブルに広げられた筆箱の中身。夢を思い出すと、それら全てがひどく遠く感じる。

「……お前は、幸せになる。だって辛いことをたくさん頑張っただろ。不安に潰されそうな夜もあるだろうけど、負けるな。いいか、お前は幸せになるよ。じゃなきゃおかしい」

彼の声は穏やかに紡がれる。とろりと溶けたホットミルクの蜂蜜のような、ホットケーキに乗せるメイプルのような、幸せななめらかさでもって僕を包む。

「だから、幸せになれ。俺は俺の勝手でお前を幸せにしたい」
「……ジャン」
僕の背中より小さい彼の後ろから腕を回して、好き、と心の中で唱えながらぎゅうっと抱き締める。聴こえるはずがないのに、おう、とジャンは受け入れるみたいに笑った。ジャンは魔法使いなんじゃないか、と僕はときどき本気で思う。ずっと前からそう思っていたような気がする。

「……幸せになってあげる、から、傍に居てよ」
「生意気言うようになったなおい」

ジャンは右腕でわしゃわしゃと僕の頭を撫でて「しょうがねえなあ」と喉を鳴らした。仕方が無い、と諦めたように。
「ふふ」
「幸せにしてやるよ」
ありがとう、と僕は笑う。ごめんと言っても、もちろん泣いても怒られるに決まっているので、頑張って笑った。泣き笑いになった。
「どういたしまして?」
ぐずぐずと鼻を啜ると汚ないなお前、と一つ年下の彼はティッシュに手を伸ばそうとして諦めた。僕が抱き締めていて動けないからだ。よしよし。小さな子どもにするみたいに、ジャンはまた僕の頭を撫でる。ジャンの方が年下なのになあ、と思う。身も世も無く泣くなんて高校生にもなってかっこわるい。

でも、それでも、絶対に離そうとは思わなかった。



◆◆



修学旅行の自由行動ルートは何とか決まって、俺のお蔭でベルトルトの班員は路頭に迷うことがなくなった。そういうわけだから大いに感謝してもらいたい。ベルトルトを班長にするような馬鹿共の顔なんてほとんど知らないけど。
「広げられたか」
「うん」
ベルトルトに合わせたサイズのベッドを置くのは不可能なので、俺の家にはベルトルトが入れる大きさの寝袋が用意されている。折り畳み収納可能、雪山でも使えるようなあったかいやつだ。
「お前寝相悪いからなあ」
朝起きたときに寝袋の中に居た試しがない。寝相の悪いのは、安心して眠れる場所を探して動いているからだと聞いたことがある。こいつが魘されませんように。昔からの習慣だが、お祈りの続きは心の中で。
「灯り消すぞ」
小さい豆電灯を一つだけ残して他は全て消した。ぼんやりとベルトルトの瞳が光っている。

「……ジャンは行きたい大学あるの?」
「あ?お前は?」
「ある、けど、ない」
「どっちだよ」

笑いながらベッドに潜り込む。ベルトルトの言葉に期待し過ぎないように。
大学なんて遠い先のことのように思えても、たった三年先のことだと俺は知っている。三年間。こいつと仲間として過ごした時間とほぼ同じ。

「ジャンの行きたいところ」
「……自分の決定を他人に委ねる悪癖だな」

一瞬だけど心臓が止まったように感じた。深く息を吸って、指摘する。そんなのこいつの為にならないじゃないか。俺はこいつに幸せになれと言ったのだ。自分の幸せを溝に捨てるようなことはするなと。俺が幸せにしたいと思う。だからって。

「……ちゃんと考えたよ」
「言ってみろ」
「えっと。まず、僕の幸せにはジャンが必要で、ジャンに傍に居てもらうためには同じ大学に行ったが良くて、僕の方が先に卒業するけど、ジャンがどこの大学に行きたいのか分からないから」

あ、と言いながらベルトルトは俺の手を握った。大事な前提がちゃんとあるよ。

「僕はジャンが好きだから、傍に居て欲しいんだ」

触れただけの手が確かに温かかった。こいつは今、人として生きられてるんだ、良かった、とふとしたときに触れていつも思う。
誰も殺さなくて良い、誰に気持ちを伝えても責められない世界で、俺を選ぶのか。まさか。自慢じゃないが俺は性格が悪い。口も悪いし、愛想も良くない。人好きのする顔でもない。馬面が定番の悪口だ。俺ならきっと俺は選ばない。
掌の温かさを感じながら、だからこそ俺は問う。

「本当に俺でいいのかよ」

ベルトルトは信じられない、という顔をして黙り込んだ。きゅ、と唇を噛んでひどく傷付いた泣きそうな顔をする。
ああ、泣くなよ、俺が泣かせたみたいじゃねえか。間違いなくそうだろうけど。

「ジャンの、僕にはたくさんくれるのに、僕からは何も受け取ってくれないところが、いやだ」

そんなことを言われても、俺は本気で何も要らないと思っているのだ。何かを渡しているつもりも、ない。
与えようとばかりして、貰おうとしなかった。なんと愚かな、間違った、誇張された、高慢な、短気な恋愛ではなかったか。ただ相手に与えるだけではいけない。相手からも貰わなくては。この言葉はフィンセント・ファン・ゴッホだっただろうか。
俺は俺の勝手でお前を幸せにしたいって、そういったはずだ。

「お前、俺よりでけえし、積極性無いし、顔見たら整ってるくせに仕草がくそみたいに可愛くて、真面目で、泣き虫で、何やっても軽くこなすくらい優秀で、何事にも一直線なとこが好きだ。ほっといたら独りぼっちになりそうで目が離せないところが好きだ。ずっと好きだったし、これからも好きだ。文句あっか」

ぼんっ、と顔から火が出る勢いでベルトルトは赤くなった。
触れただけの指を絡めて「もう逃がせねえぞ」と宣言する。お前が言ったんだから、責任持てよ。
「ジャン、ありがとう」
ベルトルトは顔を赤くしたまままた泣きだした。ぼろぼろと涙がこぼれて、それが合図だった。ベルトルトがあんまり身も世もなく泣くので、俺の涙腺も一緒に決壊した。もうこいつのことで泣くことなんてないと思ってたのに。昔散々泣いたから、もう涙なんて涸れたと思っていた。

俺はお前が想像してるよりもずっとずっと長く片想いだったんだからな!







戦わなくちゃ。
そう思って、僕は歯に手を当てる。
高い壁に囲まれた、小さな世界。この中にはたくさんたくさん怖い人たちが居る。怖くて悪い人たちだ。違うだろ、頭の中で声が響く。本当は知ってるんだ。でもだめだ。誰かがやらなくちゃいけない。使命。故郷に帰らなきゃ。僕は大きな腕を振り上げる。怖い。帰りたい。助けて。


「たすけて、ジャン」


「さっさと言えってんだ、この大馬鹿野郎」
鳶色の眼をした少年が僕の手を掴んだ。何度も噛んだ傷跡の上から。
「やっと名前呼びやがったな、この泣き虫!」
にや、と笑って。俺の勝ちだぞ、ベルトルト。俺はお前を殺さない。その代わり、一緒に生きてやる。
ぎゅう、と体温が伝わる。きっとこれが幸せの温かさだ。


怖い夢はもう、見なかった。
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2013/11/16 00:00 | 進撃(SS)

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