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2024/06/29 15:27 |
正しく運命と言えるかな【ジャンベルジャン】
【続きの続き】お金のない下宿生ジャンと地縛霊ベルトルトの話し。
●10巻迄のネタばれ注意●


「部屋の隅で体育座りしてる地縛霊のベルトルトと、お金がなくて出ていけない下宿生ジャンの話」
まさかの続きです。前作からどうぞ。

▼ジャンベルジャン!精神的ジャンベル!ほんのリヴァエレ!現代転生パロです。諸々大丈夫な方のみどうぞ。書き始めたのは夏でひんやりしたものを書きたいから、だったなあ……ちょうどお盆でした。寒くなってきたのであたたかいジャンベルジャンにしようと思います。目指せぽかぽか!

▼ライベル・マルジャンマル・アルジャン・リヴァジャンリヴァ・ハンベルハン・マルベル・リヴァベル・エレベル・ミントルト(アルベル)・アニベルアニ・アルアニ・モブハンなどを含む作品と共通の萌え設備で製造しています。

▼ベルジャンは隔離病棟ですが、ジャンベルは自然保護公園なので門番しながら耕していますお気軽にお越しやがれください!


拍手[9回]





✿とおいむかしのこと



お伽噺を、しようか。
「巨人」と呼ばれるものが在った頃の話を。



「好きになった理由って、好きになったあとで付け足してしまうものだと思う。本当の理由なんてないんだよ。だから、好きな理由は好きだからでいいと思うんだ、ベルトルト」
夜明け色の瞳をした彼は一拍置いて溜息を吐いた。オレの言葉を聴くベルトルトはいつも通り体育座りで、待機場所の芝生の上で膝を抱えたまま丸くなっている。
「マルコは、良い人過ぎる」
「あっオレのこと好きになったら駄目だよ、ジャンが泣くからね」
冗談のつもりで口に出したのだけど、オレの親友は本当に泣きかねない。人との信頼を誰かの背中で拭うような奴なので。
「……ならないよ。誰も好きにはならない」
そう言ってベルトルトは立ち上がった。オレも立ち上がって草の匂いを胸一杯に吸い込む。頑張らなくては。
「そろそろ行こう、マルコ。僕たちの番だ」
ペアでベルトルトと一緒になれたのは本当に運が良かった。ベルトルトは真面目で優秀だから点数を落とすことはないだろうし、何より2人きりで話が出来た。
「うん、北回りルートで」
誰も好きにならないベルトルトには、きっと大切で好きな人がたくさん居る。認めたくないだけで。


オレは無責任なことをたくさん言って、皆を置いて先に死んだ。
でも後悔はしていない。あれはオレの言うべきことだったから。


ジャンあのね、恋は病だ。
薬も効かない。放っておいても治りはしないし、吐けない想いはきっと、真綿のようにお前の首を絞める。
お前は凄い人だよ。好きな人を、幸せにしてあげることができる。だからちゃんと、逃げないで幸せにしてあげなくちゃ。
「……今も昔もだよ」
ジャンのしつこさには定評がある。サシャがいたら、きっと同意してくれたと思う。いつまで経っても彼女を「芋女」と呼んでいたのはジャンくらいだった。ジャンのしつこさは幸せのお裾分けと同義だけど。あいつは誰よりも正直で頑張り屋なので、切れ味鋭い押し売りみたいになってしまうことも多かったりして。
オレに出来ることといったら、ジャンの世話を焼いて、ベルトルトと皆を会わせて、出来る限り彼の未練を増やすことだけだ。
「アイス買って行こうかなあ」

待ち合わせの時間まで、もう少し。



✿約束ひとつ



「ベルトルト。今日はお前に話すことがある」
俺はミカサに習った正座をして、ベルトルトに正面に座るように言った。そのためにテーブルも少し動かした。
「なあに、ジャン」
我が家の地縛霊は(正確には生霊なのだが)、定位置から立ち上がると俺の真似をしてビーズクッションの上で正座をした。くそかわいい。いや、そうじゃなくて。マルコも来る予定なので、俺の隣には座布団がもう一つある。
ごめんな、マルコ、先に言うぞ。今なら言える気がする。こういうのはノリと勢いが大切だ。


「お前は、生きてる」


ベルトルトの喉がひゅ、と奇妙に鳴った。
「そんなはず、ない」
元々良くないもないが、リヴァイさんの来訪以来の顔色の悪さだ。やっぱり、信じなかった。信じられないんだろ、昨日お前に会った俺だって信じられない気分だ。
「地縛霊じゃなくて、生霊なんだよ。お前は生きてた。運び込まれた病院で、助かったんだ」
昨日の夜、お帰り、と笑ったベルトルトにただいまを返して、冷たい身体をぎゅうと、気持ちだけだが抱き締めた。お前の身体はあんなに温かいのに。何だって俺はお前に触れないんだろう。
どうしたのジャン、目が赤いよ。
こいつが言ったのはそれだけで、そのあとは何も話さない俺の横で寄り添うように体育座りをしていた。いつものように触れている場所が何となく冷たかった。
「だって、僕、僕は、出来る限り苦しんで死ななくちゃって、思って」
消えていなくて良かったと、心の底からそう思った。すぐに言わないのはフェアではないと自覚しながら、それでも一晩、俺は黙っていた。
「生まれたらいけなかったのに」
どう伝えるべきだろう、何と言えばこいつは生きてくれるだろう。ずっとそれを考えていた。何と言っても俺は優秀だから、6時間ほどかけた答えに間違いはない。はずだ。


「俺はお前に生きていて欲しいと思うよ。みっともなくても、無様でもいい、どんな姿でもいいから、生きていて欲しい。理由は全部、好きだからだ」


ああ、泣く。確信があった。
ベルトルトの涙腺はゆるゆるで、俺と喧嘩しようものなら金縛りをかけた状態で1日中泣き続けるような奴だ。息を飲む音、一拍置いて。俺の予想通り、夜明け前の色をした瞳から涙があふれて、落ちたはずの雫は何も濡らさないまま消えた。
「お前、本当に泣き虫だな」
ベルトルトの涙に温度はない。やっぱり触れられなかった。

お前は何が好きで、何が嫌いで、今までどんな風に生きて、どんなものをみて、どんなことを覚えて、何を考えて死んだのか、俺は全部知りたい。大事にしたい。もう、ずっと。たぶんこの気持ちには、死んでるとか生きてるとかそんなどうでもいいことは関係ないのだ。

「僕ね、ずっと、もうずっと、自分の命よりも、大事なものが欲しかった」

ぐずぐずと鼻を鳴らして、実体のないベルトルトが泣く。
お前は自分の命も投げ捨てるような奴じゃないか。知ってるよ。その大事なものが俺で良いなら、全部やろう。俺が幸せにしてやるって、言っただろ。
「お前に俺をやる。苦しいなら傍に居てやる。俺が幸せにしてやる。大丈夫だ。今信じてくれなくてもいい、だから」
だから、と俺はもう一度ぼろぼろ涙を落とすベルトルトに背筋を伸ばして呼び掛ける。
「もし身体の方に意識が戻って、凄く苦しくて死にたくなっても、俺に会うまでは、死ぬな。1回で良いから、俺と会って、俺と話せ」
いいな、と夜明け前の色をした瞳に詰め寄れば、ベルトルトはうん、と泣きながら笑った。

約束だね。そう笑った顔が可愛くて卑怯で、腹が立つくらいだった。


「あ、もしかして話終わってる?アイス買って来たんだけど、ベルトルトはオレとパピコでいい?」
そばかすが映るくらいにカメラを覗きこんで、親友は首を傾げる。
珍しいことに、マルコの到着は時間ぴったりだった。いつも10分前行動を地で行く男なのに。
「マルコお前エントランスからインターホンで声掛けた挙句俺には訊かねえのかよ」
「ジャンは泣くと喉が嗄れるからすぐわかるよね」
「ほんっと話聴けよ!覚えてろ!!」
エントランスのロックを解除するとマルコは画面の向こうでひらひらと手を振った。
部屋についた親友はいつも通り俺の好きなアイスを買って来ていて、文句のつけようがなかった。



✿ハンジさん、部屋に来る



僕はジャン・キルシュタインの暮らす部屋に居座る地縛霊である。


そのつもりだったのだけど、僕はどうやら地縛霊ではなくて、生霊らしい。
らしい、というのは僕が生きている僕を未だに見たことがなくて、相変わらずこの部屋から出られないからだ。
ジャンから「ジャン」を先回りされて貰ってしまって、僕はどうにも逃げられなくなった。
身体が生きている、ということは、地縛霊の僕に天罰が下った場合、どういうことになるのかちょっと分からない。


「お前にお客さんな」
「……初めまして」
ジャンが連れてくるお客さんは、高確率で昔の知り合いだ。ジャンの後ろから眼鏡を掛けた女性が勢いよく僕に近付く。
運命という奴なんだろうか。それともジャンが魔法使いだからだろうか。
「やあ、こちらの君には初めまして、ベルトルト。私はハンジ・ゾエ」
君の、家族だ。そう笑う。
「かぞく」
生霊の僕以上に実体のない言葉だった。
「君から初めて聴いた言葉はごめんなさい、だったけどね。そして今のところそれで全部だ」
三十は過ぎているだろう、と予想するわけだが女性に年齢を尋ねるわけにはいけない。それくらいの良識はある。職業は医師だと自分で言っていた。私と君の出会いは救急救命でさ、と話し始めたのを眺めてジャンが苦笑する。
(初めましてでは、ないんですよ。ハンジ・ゾエ分隊長)
僕がこの人に怪我をさせたのは1度や2度ではない。巻き込んで殺してしまったこともあったように、思う。もう何度目のことだか分からなくなってしまったけど。
「独りぼっちに優しくない世の中だから、私が勝手に家族になってしまったんだけど、許してくれるかい」
ハンジさんは目をきらきらさせたまま、視線は泳ぎまくっていた。僕のことを調べたいんだろうなあ、変わらない。
「許すも許さないも、僕の方が赦して欲しいくらいです」
因果。魔法使い。絡め取られて。

笑った顔が好きだった。皆と同じように接してくれてありがとう。苦しいなら傍に居ると言ってくれてありがとう。
僕のために泣いてくれてありがとう。

(今度は上手にさよならするつもりだったのに、な)


「お土産だよ、家主さん」
マルコが遅れて到着した。今日は何とかという所属サークルの集まりがあったのだという。
ひよこのかたちをしたお土産を渡された。少し大きい箱だ。本人はかちゃかちゃと人の家の台所で勝手にお茶を準備している。
「ジャン、この紅茶期限が切れちゃうよ。使うからな」
「おう」
話し続けるハンジさんを止める術はない。
お持たせで失礼ですが、といつも通り左側に腰掛けたマルコに真面目な顔をして渡したら吹き出された。お前俺に対して笑うこと多いな。どうでもいいことで。
「ああ、ありがとう。ベルトルトの大学は君たちと同じ大学のはずだけどな」
此処を借りていて学生だというなら、それはまあ同じ大学だろう。近くに他大学はない。
「一年次演習のクラスはS、優秀だろう?」
「え?」
どうして貴方が威張るんですかとか、色々と言いたいことはあった。同じクラスじゃねえか。
「ベルトルトはまだ在籍してるんですか?」
マルコがベルトルトの前にひよこを置きながら尋ねる。ありがとう、とベルトルトは律儀に礼を言った。いつも通りだ。
「休学扱いにしてもらってるよ」
そうなんですか、と当の本人が不思議そうな声をあげる。学費は私が払ってる、の言葉にありがとうございます、と続けて。
(休学扱いで同じクラス)
以上、ヒント。ベッドの上で壁にもたれかかっていた俺は勢いよく身体を起こした。
「マルコの班のやつ!居ただろ、一人、休学中の!」
「ベルトルトだったのかあ」
マルコが目を細めて嬉しそうに笑うので、我が家の地縛霊(仮)はぽかんとしたまま、つられて笑う。
「片付けられた持ち物は本が多かったからきっと趣味は読書だ」
本人の前で堂々と分析をし始めているハンジさんだが、ベルトルトの身体のどこか触れられないかを右手ではひたすら試している。頭、腕、掌、脚。生身の人間相手だったら痴漢で捕まってるぞこの人。ベルトルトは自分で通報できなさそうだから俺がしないといけないな、と本人の家族を見ながら思う。
「同じクラスでオレの班なんて嬉しいな。休学中でも演習クラスって振り分けられるものなんだね」
「必修授業の他には適当に突っ込んでおいたんだ、授業。いつ目が覚めるか分からないし、起きたときに居場所がないなんて嫌じゃないか。自分の大学時代を思い出してちょっと楽しかった」
ハンジさんは紅茶を飲んで休憩する。放っておくとずっとマシンガントークだ。
「見た目が良くて頭が良くて性格が良くて、趣味は読書だあ……?ハイスペックにも程があるだろうがベルトルトさんよお」
小突くような動きをすれば、うう、とベルトルトは体育座りのまま小さくなる。うなじの傷が見えるくらいに。
「変な絡み方するなよ、ジャン」
マルコが俺を窘めた。確かにこいつは悪くないかもしれないが、何だかんだ総合してみるとそのスペックで自殺に至るのはおかしい。俺に会ってなかったくせに。たぶん俺が不服を感じる理由は、これが一番大きいんだろうけど。
「ちっ」
「そもそもそれ褒め殺してるから、全然貶せてないからな」
事実だと思うんだが。ベルトルトが慌てたように「マルコ!」と呼び掛けた。頬が赤い。
「あ?」
「ジャン・キルシュタイン、君、さては察しが悪いな」
マシンガントークな上に目が泳ぎまくっている人には言われたくないが、それもまた事実だった。
ベルトルトは俺の言葉でひたすら照れていた。いくらなんでも照れるハードルが低すぎる。
こんなんで褒めたことになるのか!


夜勤で病院に戻るハンジさんを見送るために一緒のエレベーターに乗り、ボタンを押す。
「自殺は殺人だと私は思う。君がそれを止めてくれるなら、嬉しい。あの子、また目が覚めても自分で死んでしまいそうだからさ」
扉が閉まるのがひどくゆっくりだ。6階から1階に降りるまでの時間は長くて短い。
「大丈夫です。手は打ったので、たぶん」
それは心強いな、ここでいいよ、ありがとう。一息に言って彼女は笑う。
「私の目標はあの子に助けて、って言ってもらうことだからね。競争だな、ジャン・キルシュタイン」
バンドで留められた眼鏡の奥の瞳が笑う。
「……はあ、競争するようなことでもないと思いますが」
「正論やめてよお」

愚問だった。助けてなんて言われなくても、助けるに決まってるから。



✿ないしょごと



自分の生きることくらい、都合よく解釈したって良いだろう。


アルミンのぽかんとする顔というのは、なかなか珍しいものだ。これは良いことがあるかも知れない。ジャンが隣で説明するのを聴きながらオレはセルフサービスのコーヒーを飲む。
「い、いきてた……?」
「どういうこと?」
ミカサは怪訝な顔をした。エレンがリヴァイさんに呼ばれていて機嫌が悪いのもあるだろう。彼女の関心の大部分は今も昔もエレンに向けられていて、その他は気に留めないような扱いをしているように見える。決してそうではない、とオレは知っているけども。
「ベルトルトは、地縛霊だったはず」
本当に興味がないのなら、こんなことわざわざ尋ねない。
「あいつ、自分で死んだと思いこんでたんだ。マルコが病院で生きてるベルトルト……つっても意識はねえけど、見つけた」
髪と同じ色をした美しい黒の瞳はふむ、と伏せられた。納得してくれたらしい。
「マルコが見つけたのなら、間違いない」
「だね」
アルミンも勢い良く頷く。
「説明したの俺なんだがほんと歪みねえなお前ら」
「もちろん、ジャンのことも信用している」
取って付けたような言葉で喜ぶ俺って。ジャンは死んだ魚のような目で笑った。悲しいかなジャンの恋が報われないのは今に始まったことではない。
「……僕、会いに行ってもいいかな」
「俺じゃなくて本人に訊けよ」
きっと良いって言うだろうけど、とジャンはアルミンに応えて口にお菓子を銜えたままもごもごと言った。口の端から飲んだ水が少し垂れる。相変わらず口元が緩いなあ、なんて思いながらタオルを差し出した。もごもご、おそらく「ありがと」だろう。
「それじゃ、僕、今週末に遊びに行くね。許可を貰いに」
「今日は何か用事あんのか」
「教授と会食。マルコも一緒だよ。ね」
優等生共め、とジャンは溜息を吐いた。なぜか誇らしげだったので本気ではないと分かる。
「ジャン、お前口から水が垂れてんぞきったねえな」
エレンが来たことで更に賑やかになった。ミカサの機嫌が直ったのが一番の収穫かもしれない。


おう、とインターホンを鳴らしエントランスで仁王立ちをしたリヴァイさんに画面の向こうから見下された。器用だなこの人。
「……ええと、はい、何のご用ですか」
「待ち合わせに使う」
またかよ。確かにまた来る、とは言ってたけども。
「はあ、どうぞ」
ロックを解除する。電源を切りながら振り返って「ベルトルト、リヴァイさんが来るぞ」と伝えた。
部屋の隅で体育座りをしていた我が家の地縛霊は分かりやすく挙動不審になった。やっぱり怖いんだろうか。
「エレンとの待ち合わせらしい」
お前に危害は加えない、たぶん、と全く保証にならない保証をする。ベルトルトは部屋から出られないのだから仕方がない。備え付けの狭いクローゼットに隠れたところで引きずり出されるのが目に見えている。なんとなく。
「大丈夫かよ」
「大丈夫」
だいじょうぶ、ともう一度自分に言い聞かせるように。大丈夫じゃねえだろ。

(ああ、俺はまだ、助けてとは言ってもらえないのか)


「……あの」
目つきの悪いこの人は、僕の前にどっかと座り込んだ。
「……ええと」
無言の圧力がある。ジャンは突然バスルームの汚れが気になってきた、と立ち上がってちょっと席を立ちますね、とリヴァイ兵長に言った。現状認識能力に長け過ぎていると思う。僕の方を向いて頑張れ、というように拳を握る。そんな、適当な。ジャンは素早い動きで掃除道具を手にバスルームにこもった。

「殺されたときに許されていた、と考えればいい」

リヴァイ兵長の声はよく響いた。
今は兵長じゃなくて、先生なんだっけ。リヴァイさん、とエレンは呼ぶ。それはもう嬉しそうに。エレンは自分の最期は必ずこの人に殺して欲しいのだとそう笑っていた。あの頃と変わらない。うらぎりもの、と僕を呼んだ声。最初から仲間ではなかったのだから、裏切り者、というのはおかしかったのに。
「あれは覚えてるのに知らないふりをして何でもないように振舞えるような器用な奴じゃねえ。あいつが覚えてないってのは、そういうことだろ」
エレンのことだろう、と分かった。この人がわざわざ僕に声を掛けるなんてそれ以外に有り得ない。何度この人に止めを刺されたのだっけ。もう思い出せなかった。
「……そんな」
自分が好きじゃない。誰も幸せに出来ない自分なんて要らなかった。
「少しくらい都合よく解釈したって罰は当たらん」
僕はその罰を待っているんですよ、とは、言えなかった。信じたくなってしまった。



✿生霊研究とは



生霊研究のためにホラー映画を観る、というのはアルミンの案だった。ネーミングセンスが絶望的にない。生霊研究ってお前、夏休みの自由研究じゃねえんだぞ。
責任を持ってアルミンも観るべきであると主張したのだが、用事があると逃げられた。例の教授との会食だ。よってマルコもいない。
「……なあベルトルト、映画好きか」
貸出の袋に詰められたDVDの存在感が凄まじい。観なくてはならないだろうか。観ないで返却するのは勿体ないし、アルミンの突飛な案は今に始まったことでもなかった。それに予想外の効果があるのも。
「うん、好きだよ」
録音したい響きの言葉だ。ベルトルトの同意は得た。

というわけで、ノートパソコンにDVDを読み込ませて再生を始めたところである。

「ぎゃー!」
「ひゃー!」
俺の悲鳴に呼応するようにベルトルトが叫ぶ。俺の肩の辺りから覗き込んで映画を観ているので、うるさい。
「お前地縛霊のくせに俺の後ろに隠れてんじゃねえ!」
「僕生きてるもん!生霊だもん!」
「はああ?俺なんて生身ですけどお!?」
こんな怖い格好で階段を降りたりしないもん、背骨という背骨がイっちゃうよ、と騒ぐ。騙し討ち宜しくホラーを観ているのだが、それに関して文句はない。よく考えてみたら生霊と一緒にホラーを観るほうがそれ自体よりよっぽどシュールだ。
「まだあるな……」
ホラーやらオカルト映画やら何本ずつか借りてあって、オールせよということだろうか。時間は3時を過ぎている。俺は一人で騒いでいるように隣の住人には聴こえているわけで、それに関しては申し訳ないと思った。改める気はない。最悪ベルトルトの所為にできるのがこの部屋の特権である。
「次叫んだらメリン神父を呼ぶぞお前」と脅せば「生霊はきっと範囲外だよ!」とむくれられた。
ぼんやりとした眠気が頭の隅にある。考え事は出来ない思考能力になってきた。
「……お前、寝てるか?眠くねえの?」
ベルトルトは眠くないよ、と応える。
「生霊は寝ないみたいだね」
何回か一緒に泣いて、泣き疲れて寝落ちした覚えがある。
「じゃあお前、俺が寝てる間もずっと起きてたのかよ」
息を殺してたのか。独りぼっちで。
「ほ、ほら僕の身体の方はずっと寝てるし」
慌ててフォローしようとするベルトルトは目を合わそうとしなかった。フォローになっていないことと、俺が怒っているのは無言でも伝わっているらしい。
「次にそのくだらない冗談言ったらお前のビーズクッション没収だからな」
「やだあああ」
深夜のテンション、というのはあるようだ。灰色の瞳は潤んでいるように見えたし、何よりベルトルトのテンションが高い。DVDの貸出袋の中には18禁、と書かれたチラシが放りこまれている。アルミンが成人に見られるとは思えないから、俺が授業の時間にマルコと一緒に店で選んだんだろう。だからこそ口から出た発言だったのだが。

「なあ、その……お前さ、勃つのか。ナニ」

一瞬の間があった。
「……ジャンの馬面馬鹿!」
金縛りをくらった。お前それ結構気に入ってるだろ。もう金縛りじゃなくてもう技名だと思って使ってるだろ。
……うん、まあ、完全に俺が悪かった。ベッドに倒れ込んだ状態で動けなくなる。明日迎えに来たマルコにまたこっぴどく怒られるんだろうな、と予想して、ベッドの横定位置で体育座りしたベルトルトを目だけで追う。うなじまで赤い。

(しあわせにしよ)



✿君たちまではまだまだ遠い



私たちは児童養護施設に居た。いわゆる孤児院というものだ。
補助金が削られ今は閉鎖になったそこが、私たちの再会した場所だった。正確には、ベルトルトにとって。幼い私にはまだ記憶がなかった。思い出す頃には、ベルトルトは優しい誰かに引き取られて既に孤児院には居なかった。
ベルトルトは全て覚えていたに違いなかった。ライナー、アニ、と笑った顔や声は遠い昔と寸分違わないそれだったのだから。
(あんたが居ないんじゃ、だめでしょう)
アニ、と呼び掛ける声。学校や、訓練が終わった後に食堂で掛けるように気軽な響きで。
柔らかいそれは懐かしく、しかし聴きたくない声ベスト3にはランクインしていた。

一体誰が、自分が殺した同期生に会いたいと思うのだ。


「やあ、アニ」
「……マルコ」
金色の髪と碧眼が相変わらず美しく、アニはこちらを睨め付ける。やっぱり、覚えてた。これはオレの仮説だけど、巨人化能力があった(もちろんエレンを除く)同期たちは記憶があるんじゃないだろうか。今のところベルトルトとアニの事例からの予想になるけど。
「久しぶりだね」
「あんたがベルトルトと家族だなんて思わなかった」
アニが教えてもらったはずの住所のポストに入れておいた「アニとライナーへ」というメモ。メールアドレスだけが記されたそれは、僕のメールアドレスだった。
「ああ、それは違うよ、オレじゃない」
アニは怪訝そうな顔をした。眉間に皺を寄せるくせは相変わらずだ。
「ハンジ・ゾエ分隊長がベルトルトの家族。ジャンが立候補中。いくつか話さなきゃいけないことがあるんだ。お茶でもいかがでしょうか、お嬢さん?」
「……ただのナンパにしては手が込んでる」
「親友とその大事な人の幸せがかかってるものだから。君もだろ」
に、と笑って見せれば彼女は溜息を吐いた。前髪を少しいじって下を向く。
「昔よりも性格歪んだんじゃないの」
「はは、初めて言われたよ」
オレは昔から何も変わらない、と思う。正しいと思ったことを、誰に何と言われてもやってみせる。
それが自分のすべきことだろうから。


夢を見た。眠るなんていつぶりだろう。でもこれは確かに夢なのだと僕は知っていた。


「いつまで死んでるつもりなの」
アニが泣いていた。アニが僕の前で泣いてくれたことなんてないのに。今までの全部の人生を通算しても、絶対に僕が泣いた回数の方が多かった。ちなみに泣かされた回数も多い。
「……ごめん」
「ほら、行くぞ、ベルトルト」
「ライナー」
眩しいほうに手を伸ばすと、ライナーがぐんと引っ張ってくれる。彼は笑っていた。兵士か戦士か分からないけど、確かに心からの笑顔だった。

(ああ、間違いない、僕の夢だ)

都合のよい僕の夢。独りが嫌だから、皆が一緒に居てくれる。優しくしてくれる。
ジャンが笑っている。うんと遠くで、こっちに来いと僕に手招きをする。何も知らないエレンが。また会えて嬉しいと笑ったマルコが。何も変わらないミカサやアルミンが。
ああ、僕は行かなくちゃ。

(君たちまではまだまだ遠い。それでも足を止められない)


「ただいま」
買ってきたペットボトルのジュースを冷蔵庫に放り込みながら奥に声を掛ける。
「マルコの奴が明日家に友達連れて来たいって言ってんだけどよ。ベルトルト、お前大丈夫そうか。何ならクローゼットの中整理しておくけど……ベルトルト?」
台所と部屋の仕切りを開ける。ベッド横の定位置にベルトルトの姿は無く、ビーズクッションがいつも通り鎮座していた。クローゼット。バスルーム。トイレ。どこにもいない。
「……おい、お前の冗談は面白くねえんだから、早く出て来いよ」
応えはない。こんな悪戯をするような奴じゃない。分かっている。だからこそ静かに積もる沈黙に息を呑んだ。
一人暮らしの部屋に、俺は正しく独りぼっちだった。


ベルトルトが、消えた。

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2013/09/30 00:00 | 進撃(SS)

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