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2024/07/01 18:47 |
泣き虫巨人と嘘吐きハート【ジャンベル】
人の心が見えるジャンと、ベルトルトの話し。泣き虫のハートについて。
●10巻までのネタバレ注意●


念の為、バッドエンド耐性のある方のみどうぞ。


拍手[6回]




心だけ、あげる。君には、この心だけ。



小さい頃から、人の心の形が見えた。

ある程度誰かに近付いて目を凝らすと、相手の周囲にハートの形をした不思議なものが浮かんでいるのが見える。人によって形や色が異なり、生きている人間にはあって、死んだ人間の心にはない。巨人を見たことがないので分からないが、動物にはなかった。今のところ人間だけだ。自分のハートは、見えない。存在しないんじゃないかとすら思う。一番興味があったのだけど。
こんな何の役にも立たない、恐らく気味が悪いと言われるような能力について、俺は誰にも公言したことはない。家族にすら。そのせいで特に何か事件に巻き込まれるようなこともなく、訓練兵団に入った。誰かと友好関係を作りにくい性格をしている自覚はある。俺は俺が大事だし、勝てもしない巨人に挑んで死ぬよりは安全で快適な内地に行きたい。訓練とはいえ、いつ誰が死ぬか分からない環境だ。
だからこれまで、勝手に近付いて来たマルコや喧嘩相手のエレン(自然と顔を合わせることも多い)以外のそれを、注意して見たこともなかった。訓練兵団に入って一年が経ち現時点での訓練成績が発表され、成績上位と呼ばれる同期たちのハートを、初めてまじまじと観察した。


例えば。
ミカサのハートは持ち主と同じように美しい造形の小さなものだ。いつもどこか寒そうな色をしていて、エレンの傍に居るときだけほんのり色付いて嬉しそうに震える。腹立たしいことに。

ライナーのそれは彼に相応しく、誰よりも大きく温かそうな色をしたハートだ。ただ、形は真ん中から割ったようにぴったり半分の大きさで(それでも普通の奴と同じくらいの大きさはある)、体の横に浮かんでいた。

アニのハートは、少しだけ端が欠けている。僅かなひびもある、体躯からすれば大きめの足元をふらふらと動き回るハートだ。重心もテンションも低いのだろうか、なんて思ってみたりして。

エレンのハートは形や大きさこそ普通だが、時折、燃えあがるような色をして激しく動いた。浮かぶというより、自分の意志で。
教官の「通過儀礼」を受けていない、かつて修羅場を潜ったとされる連中のハートはどれもこれも癖があった。


ただ、ベルトルトのものは一際異質だった。

見る限り質感は石のように硬く、色はくすんだ灰色だ。普通なら体に繋がって浮かんでいるはずのハートはベルトルトの足首に鎖で巻き付いていた。剥き出しのベルトルトのそれにはじゃらじゃらと鎖が巻き付き、形が崩れそうなほど細かい亀裂が入っている。

(……こんなのみたことがねえ)

もうすぐ一緒に過ごして一年と少しになるが、今まで全く気付かなかった。中間成績発表で俺よりもはっきり上位だと分かる今の今まで、こいつにまるっきり興味がなかったからだ。身長が目を引くな、と思ったくらいだった。憲兵団を志願するだけあって、成績は良いらしい。誰かに尋ねられるまで公言してはいなかったようだけど。
普段だって、ライナーのハートは見えても後ろに居るベルトルトのハートは見えなかった。図体に似合わず余程小さいのだろう、と思っていた。だから、こんな。
「ジャン?」
マルコのハートは大きめで白く、ふわふわと本人の周りを動いている。そうだ、こうあるべきだ。俺が見ているこのハートはおそらく、そいつ自身の心を映すものなのだから。
「……あいつ、意外と成績良いんだな」
咄嗟に言うことが思い付かなくて、顎をしゃくった。
「ああ、ベルトルト?そうだね、あまり目立たないけど、どの課題もそつなくこなしてる。優秀だな」
ジャンも凄いよ、五位だったじゃないか。そういうマルコも六位だったわけだから、そんなに褒められるほどではない、と、思う。俺は憲兵団を志願する身だ。
「お前もな」
「ふふ、ありがとう」
目を細めて笑うとハートも一緒に嬉しそうに震えた。喜んだとはっきり分かる柔らかい明滅。

あいつのあのハートも、こんな風に動くことがあるんだろうか。







コニーとライナーと一緒に水汲み当番をこなして寄宿舎に戻る途中、寄宿舎裏でベルトルトを見つけた。目を凝らせば灰色のハートが地面に落ちている。間違いない。
「おっベルトルトだ!何してんだ?」
コニーはぴょんぴょん跳ねるように長身の同期生に近付く。
「ああ、コニー……ライナーにジャンも。当番は終わった?」
「おう」
明らかに顔色が悪い。何か言われたんだろうか、途中で行き合ったのは先輩方くらいだ。
あいにく俺はそんな暇なことをする気は起きないのだが、成績優秀者に嫌がらせをする先輩方というのは多いらしい。威張り散らしているし、一つ期が上なだけでどうしてあんなに偉そうに出来るのかさっぱり理解できなかった。実力があるのを妬んでいるのだろう、と前向きに考えて(だから友達が増えないのだろうが)、気にしないことにしている。
「大丈夫か」
俺が何とか絞り出した言葉は、当たり障りのない、何の役にも立たない言葉だった。
「大丈夫」
ベルトルトはうっすらと口角を持ち上げる。いや、大丈夫じゃないだろう、その顔。
ライナーは自然に隣に並んで「どうした」と尋ねた。
単純に。これは一緒に過ごした時間の差かも知れないし、俺の気持ちとライナーのそれが違うとか、そういうことじゃない。
それでもただ、俺はライナーには敵わないんだろうなあ、と思うのだ。ミカサを除いて人間の範囲内で凄い奴ならライナーに間違いない。大きなハート。心も強い。ライナーは兵士として何をすべきか分かっているし、大丈夫かと尋ねれば大丈夫と幼馴染が応えると知っている。

(……ああ、敵わねえなあ)


ランプの灯りが柔らかい。大部屋一番下のベッドで皆の話を聴いているベルトルトの横に並ぶ。
「何か言われたんだろ。そんなんで傷付いてやんなよ、馬鹿馬鹿しい」
何となく早口になった。全て本音だけど。昼間声を掛けたときと同じようにベルトルトは大丈夫、と俺の方を見ないまま曖昧に笑った。大部屋の真ん中ではライナーが皆に囲まれて話を乞われている。
「僕に心なんてないから」
「そんな奴居ねえよ」
目に見えるものだけ、俺は信じている。こいつの言うことが気に食わないから思ったことを答えた。それだけだ。俺にはそれが見えているのだから。
ベルトルトは目を丸くして、夜明け前の色をした瞳にやっと俺を映した。
「なんだよ」
「いや……ジャンがそんなこと言うとは思わなくて」
「似合わねえってか」
口は自然と悪態を吐く。
「ううん。似合うよ。ジャンは優しいね」
ベルトルトが笑う。珍しいこともあるものだ、と思いながら観察する。
がちゃん。引っ張られるように僅かに揺れたハートは、自分の揺れで鳴った音に怯えるようにすぐ動かなくなった。
ベルトルトの笑みがさっと掻き消えた。
「じゃあ、また明日」
早々に挨拶を済ませてベルトルトはベッド備え付けの階段を登る。

体格の割りに細い足首には、変わらずぼろぼろのハートがぶらさがっていた。







ああ、俺はきっと、お前の心が欲しかったんだ。



この恋心ってやつは、当たり前のように感じている俺の中のこの気持ちは、言葉にしなきゃお前には伝わらなかったんだ。
手を伸ばさなければ何も手に入らないのだという、当たり前のことにようやく気付いて、俺はこれまで何をやってきたんだろうかと呆然とした。
だけど、こんな当たり前のことを痛い思いをして当たり前だって、そう気付くために生きてきたのかもしれない。俺は確かにあのぼろぼろの心を守ってやりたいと思った。

「俺は、お前が好きだよ」

ベルトルトは夜明け前の色をした瞳に俺を映して、困ったように笑った。怯えているようにも見えたが、はっきりとした拒絶はなかった。
それからも、ベルトルトは決して俺に「好き」を口に出すことはなかった。
俺がそう唱えると、何か言いたそうに口を開いては、ハートに繋ぐ鎖をがちゃんと鳴らして、口を閉じた。



「おー、お疲れさん」
食堂の机が一番広くて大きいわけで、人がほとんどいないのを良いことに立体機動装置の調整をするのに使う。
食堂の片付け当番だったベルトルトは見事に外れくじを引かされて、最後まで荷物運びをさせられていた。体格がいい奴は良いように使われる運命だ。
「お前も憲兵団に来るってんだから、覚悟しとけよ。我らが優等生マルコ様にお付き合いしなくちゃならねえだろうし」
マルコに付き合っていれば憲兵団を内から変える、なんて面倒事に巻き込まれるだろうことは予想が出来た。あいつは清廉潔白の良い子ちゃんだし、それに正しく見合うだけの覚悟と実力と憧れがあった。憲兵団内部の現状を知らないだけで。そういう噂はごまんと流れているはずだった。安全で快適な内地に行けたあとなら、多少の面倒事も楽しみになるだろう。

「……僕は。自分の意思がないし、性格は良くないし、勿論積極性もないし、優先するのは故郷とライナーだし」
「ああ?」

突然何を言い出したのかと俺は顔を上げる。ベルトルトは外した配給のエプロンを握り締めて、更に俯いた。
ベルトルトは成績は抜群に良いし、基本的に何でもそつなくこなす。優しいかと問われればそうとも言い切れない。皆の兄貴分ライナーの後ろに居るお蔭で、何となく巻き込まれて、何となく何かをして、そのまま何となく「優しい」評価を受けているだけだ。特技はたぶん、身体を動かすことと曖昧に笑うこと。口数も多くない。

「だから、僕、ジャンにあげられるようなものは、何も無いよ」
「要らねえよ、別に。何も」

どうしてそうなった、と思う思考回路の着地だった。俺は何か欲しくて思ったことを伝えたわけじゃない。
見慣れたベルトルトの灰色のハートは、今日も壊れそうな形を保って地に伏している。

「……でも」
「……はあ。んじゃ、あいにく心臓は人類に捧げちまってないから、代わりに、お前の心を寄越せよ。俺のはお前の此処に嵌め込んでやるから。それで、どうだ」

とん、と見上げたところにあるベルトルトの胸を指で叩く。
そんなことは出来やしない。言葉の綾だ。俺はそれを見ることができるし、音を聴くこともできるけど、誰のハートにも触れられない。自分のものは見ることすらできない。それでも、約束だけなら出来ると思った。口だけだ。本当に口先だけの約束だけど、それはひどく魅力的に思えた。
うん、とベルトルトは頷いた。それがいい。

「お前はそうやって自分が意思がないとか、積極性がないとか言っては自分を責めて、価値がないだとかどうしようもないだとか自分を傷付けてばっかりだけどよ」

一つひとつ、言葉を選ぶ。皮肉に聞こえないように。悪態を吐かないように。
どうかこの頑固な臆病者の泣き虫に伝わるように、と。

「そのくそふざけた行動や考えやそこに至る背景や、何もかもを全部ひっくるめて、俺はお前が好きだよ。詳しいことは何も分かんねえけど、断言する」

ベルトルトはいつかのように目を丸くした。色素の薄い灰色の瞳。違いと言えば、涙を落としていることくらいだった。

「自己評価の低さは自分もお前が優先する故郷やライナーも、お前を好きな俺も、貶めてることになるぞ」
「……ごめん」
「別に謝ってほしいわけじゃねえ」
自分をもう少し好きになってやればいい、と。俺は言えなかった。
「ありがとう」

僅かに、それでも確かに嬉しいのだと光るベルトルトの心がいつ鎖を引くだろうかと心配で、うまく声をあげられなかったのだ。







恋じゃなくても良いんだ。君が居てくれて、僕は寂しくなくなったから。



危険だ、近寄るな。叫ばれた命令を振り切って俺は超大型巨人の崩れかけた骨格に飛び込んだ。片腹痛い、危険だろうとも。だってこいつらは巨人だ。それでも、立体機動を扱う俺に追い付けるような奴はいなかった。止めるような同期たちでもなかった。
超大型巨人の骨格の中で、子どもを守るようにベルトルトはすっかり小さくなったライナーを腕に抱いていた。
「……べる、とる、と」
「なあに、ライナー」
ライナーの喉がひゅうひゅうと鳴る。
大きなハート。俺はこいつのハートをみるだけで落ち着くことがあった。頼りになる仲間だと思っていた。割れて半分だったその大きさは更に小さく、それでも強く光っている。強い光だ。消える前の蝋燭のように。
「俺は、今から、自分で死ぬ。死に損なったときは、殺してくれ。戦士のまま、死にたい」
「うん。分かった」
おやすみ、ライナー。訓練兵団の宿舎でそうしていた頃のようにベルトルトは囁いた。また明日。
「おい、ベルトルト」
腰巾着扱いを受けていた少年のハートは、ライナーのそれに呼応するように明滅していた。嫌な光だ。足首に繋がれた鎖の音が重なる。こんなの見たくない。だって。俺は。
「聴いてんのかよ!」
駆け寄ったところを、伸ばされた長い腕に後頭部をもって引き寄せられる。
がじ、と林檎でも齧るようにベルトルトは俺の唇を食んだ。痛みはない。触れたところが熱かった。
「ベルトルト」
待て。やめろ。お願いだから。
自分のサーベルの替え刃が一枚抜き取られたことに俺は気付いている。
四肢のないライナーが自分で死ねるはずがない。止めを刺すのはベルトルトだ。
だけど、そんなことしたら、お前は。お前の気持ちと心はどうなる。

「さよなら、ジャン」

突き飛ばされて、足場を失う。俺の身体は宙に浮いた。
「やめろ!」
僕に心なんてないよ、かつてそう言ったベルトルトは「じゃあね」と笑って、俺の刃でライナーの首を落とした。

ぱりん。

ひどく軽い音が響いて、ベルトルトのハートは崩れてしまった。ライナーのように半分に割れるのではなく、アニのように欠けるのでもなく、粉々になった。形を保っているのが奇跡のような心だったのに。だからこそ俺は、あんなにこいつを守りたいって思ったのに。
ベルトルトからの初めてのキスは、血の味がする優しいやさしいさよならだった。

ああ、ちくしょう。ふざっけんなよ!

落ちて来る俺を横から飛んで来て捕まえたアルミンが、そのまま俺と一緒に地面に倒れ込んだ。身体中打ちつけてあちこち痛んだが、そんなことはどうでもよかった。
爆風と稲妻が奔るなか、俺は必死に目を凝らす。
名前を呼ぶ。届かない。あんなに近くに居たはずなのに。赤い肉が二人を覆う。燃えている。生き物の焼ける匂いがする。
ベルトルト。なあ。


超大型巨人が、吼えた。


泣き虫ベルトルトと壊れたハートは、もう見えなかった。







ベルトルトの持っていた本には、手紙が挟まれていた。本と一緒にハンジ・ゾエ分隊長の検閲を終えて戻ってきたそれは俺の手元にある。

「……何で俺が」

それはきっと君のものだから、と上官は笑った。
形見分けをしようにもあいつの持ち物はこの本と支給された生活必需品だけだった。本は皆で回し読んだあと、アルミンが引き取ることに決まった。ベルトルトもそれは分かっていたんじゃないかと思う。マルコと違ってあいつの家族に渡せるはずもないから、俺たちは皆で抱えて生きていくしかない。ずっと、ずっと。

「……あー、読みたくねえ」

手紙と言っても、封筒に入っているだけの薄い便箋が一枚のみだ。メモに近い。
何が書いてあるのだか分かったものじゃないし、本当は嫌いだったとか、鬱陶しかったとか、そういう内容で傷口を抉られる可能性が大だろう。むしろそうに違いない。罵詈雑言であれもう他の誰かに読まれてしまっているのだ、そう決め付けて読むことにした。そうすれば少しは傷付かないで済むだろうか、なんて考えている時点でもう終わっている。


◆◆


皮肉屋の君へ

君がこの手紙をみるとき、僕はきっと君に酷いことをしていると思います。
だから、きちんと伝えておこうと思いました。最初から僕たちの全部は偽物でした。話したことも、過ごした時間も、存在でさえ。ですから騙された君が気に病むことはありません。僕たちは裏切り者ではないのだから、君たちが悲しむのはおかしいでしょう?

決して踏み込んで来ないのに、寄り添ってくれた君が好きでした。もう戻れないけど、今でも好きです。

ごめんなさい。後悔はしていません。
君の心は林檎みたいに真っ赤で美しい、絵本の挿絵に描かれているようなハートでした。
せめて君に嵌め込まれた僕のハートが、君に見合うくらい美しいものであれば良かったのだけど。

心だけ、あげる。君には、この心だけ。


◆◆


満足に泣けていなかった俺の涙腺は、ベルトルトの手紙のせいで決壊した。
「はあ……?」
丁寧な文語で書かれた文字がところどころ滲んだ高価な便箋は、いつかの休みに皆で連れ立って街に出かけたときのものだった。出す相手が居ないから、と拒むベルトルトを「出す相手が居ないからって書いちゃいけないものでもないだろ」とマルコが丸め込んだ。それに影響されて、同期生のほとんどが便箋を買った。親に出す手紙、兄弟に出す手紙、僅かながら恋人に出す手紙。出さない手紙を大事に綴って、遺書の代わりにしている奴が居ることも知っていた。兵士はいつ死ぬか分からないし、調査兵団なんか死体すら残らないことも多い。
「……くそが」
馬鹿だよ。お前みたいに馬鹿な奴はいない。何もかも手遅れなのに。
もっと早く言えよだとか、どうせなら言わないままでいろとか、色んなことがぐるぐる頭を巡る。痛いくらいだ。
手紙を握ったままベッドに転がって泣く俺の部屋に、こつこつと軽いブーツの足音が響く。

「どうしてそれが君のものだって分かったのか、種明かしをしようか」

アルミンの声は静かで、穏やかだった。

「僕たちの名前と、比喩する言葉と、メッセージが遺してあった。本の一文字ずつに線が引いてあってね。君のは「皮肉屋」、「ジャン」って続いてたんだ。だからこの手紙は間違いなく君のもの。本も、見るでしょう?」

アルミンはベルトルトの遺した本を俺に差し出す。俺は団服の袖で涙を拭いながら上体を起こして受け取った。それなりに分厚い本だった。カバーが掛けられていたような気がするのだけど、あいつが事前に捨ててしまったのだろうか。あいつらは、本当に何も遺さなかった。

ごめんなさい。誰か。許して。怖い。助けて。ごめんなさい。ごめんなさい。

色んな言葉に薄い線が引かれていた。図書室で借りるのとは別に、ベルトルトが空き時間や寝る前に大部屋でよく眺めている本だった。騒ぐ俺たちを横目に見ながら、お前は何を考えてこの線を引いたんだろう。
時折濃い線で引かれた文字を繋げていくと、「死に急ぎ野郎」や「優等生」、「主席」といった言葉を見つけた。「無理はだめ」とか「もっと自分を信じて良い」とか「周りを頼って良いから自分も守って」だとか、お前にだけは言われたくねえよと思う言葉が並んでいた。
いくつめだろう、何度も開いたあとのあるページで、見つけた。


「皮肉屋」「ジャン」「大好き」「ごめん」「ありがとう」「心」「あげる」


「生きて」


それは俺が、お前に一番言いたかった言葉なのに。

俺が一番言いたい相手はもうどこにもいなかった。
泣き過ぎて喉が嗄れた口の中は、あのときと同じさよならの味がする。血の味だ。俺の恋の味だ。
俺の心臓はきちんと動いていた。ベルトルトのハートが嵌め込まれた心も。

アルミンは俺が泣き止むまでずっと寄り添っていてくれた。合わせられた背中がじんわりと温かい。空色のアルミンのハートは、随分傷だらけになってしまった。
「泣き虫がうつったんじゃない」
「……は、違いねえ」

(みっともなくて見苦しいかもしれない。でもなベルトルト、俺は生きてるよ)

お前らに初めて勝ったのが生きた年数なんて、大したもんだと思わないか。
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2013/10/04 00:00 | 進撃(SS)

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