忍者ブログ
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


2024/07/03 17:34 |
皮肉屋ジャンと林檎のハート【ジャンベル】
人の心が見えるジャンと、ベルトルトの話し。皮肉屋のハートについて。
●10巻までのネタバレ注意●


念の為、バッドエンド耐性のある方のみどうぞ。


拍手[3回]






夢のような時間だった、と思うんだ。本当に、ただの夢だったのに。



成績優秀者に嫌がらせをする先輩方の噂は聴いたことがあったけど、まさか本当に実在するとは。口を開けば余計なことを言う自信があるから、僕は出来る限り話さないようにしている。口数が少なくて大人しそうに見えるからきっとなんやかんやと言われたのだろう。
「おっベルトルトだ!何してんだ?」
コニーはぴょんぴょん跳ねるように駆け寄って来る。水汲み当番だったはずだ。
「ああ、コニー……ライナーにジャンも。当番は終わった?」
「おう」
「大丈夫か」
何とか絞り出したような、ざらついた声でジャンは言う。
「大丈夫」
僕はぼんやりと口角を持ち上げて笑った。本当に大したことではない。ライナーは僕の隣に並んでどうした、と尋ねてくれた。人よりも大きな、半分の形をしたハートが視界を過る。苦しい。見たくない。僕の所為なのに。
「先輩方とちょっとお話しただけだよ」
「無理はするなよ」
それは、君の方だ。コニーは身軽に動き回りながら「今日の夕飯何だろうな、どうせ具の無いスープだろうけど」と楽しそうに笑う。小さくて、それでもはっきりしたハートの色が眩しい。視線を逸らすとジャンのつむじが目に入った。

中間成績発表が終わった時期からだろうか、時折ジャンの視線を感じるようになった。今もそう。

僕は、ジャン・キルシュタインという人間が苦手だった。
自分に正直な所があり、抜き身すぎる性格が何かと他者との軋轢を生む。思ったことはすぐに口に出す一つ下の彼は、軽率かと思えば現実主義な思考の持ち主で、色んな事を見透かされているような気分になった。
それでも僕がジャンを完璧に避けきれないのは、同期だからという理由だけでなく、彼の心が林檎みたいに真っ赤で美しい、絵本の挿絵に描かれているようなハートだったからだ。

(……今日もきれい)

これはジャンの心を示しているものだと思う。
目を凝らしたときに浮かび上がった色んなハートを見て、壁の中の人類にも心はあるんだ、と新鮮に思った。
僕は自分の心を見たことがない。僕は自分のものだけは見ることができないから、心なんてないんだと自分に言い聞かせている。


大部屋のランプは温かい色をしている。大部屋の一番下のベッドに腰掛けて皆の話を聴く。手には本を持っているけど、読んではいない。するりとジャンが近付いて来て、僕の隣に腰掛けた。
「何か言われたんだろ。そんなんで傷付いてやんなよ、馬鹿馬鹿しい」
ジャンは早口でそう言った。昼のことだろう。僕はまた大丈夫、と曖昧に笑った。ライナーの心をじっと見つめる。大部屋の真ん中ではライナーが皆に囲まれて話を乞われていた。
「僕に心なんてないから」
「そんな奴居ねえよ」
ジャンはきっぱりと断定した。心が見えているかのような言い切り方で、びっくりしてしまう。
ライナーから視線を外してジャンを見る。
「なんだよ」
「いや……ジャンがそんなこと言うとは思わなくて」
正直に口を出すとジャンは皮肉っぽく唇の端を持ち上げた。
「似合わねえってか」
「ううん。似合うよ。ジャンは優しいね」
ジャンの心は、綺麗だ。
確かに普段の言動からすれば、きっと今の言葉は似合わない言葉なのだろうけど、ジャンが色んな本を読んでいるのは(勿論それが物語であっても)図書室をよく利用する面子からすれば言うまでもないことだった。憲兵団を志願する彼はロマンチストでもあるのだ。ミカサの髪を出会ってすぐに褒めることができるくらいには、気障なのだろうし。
思い出してつい笑ってしまう。

(嬉しい、なんて)

僕には心なんてない。だから、大丈夫。だいじょうぶ。そう言い聞かせていたのに、ジャンは「そんな奴居ねえよ」と僕に言った。僕と一緒に居たライナーの心は、半分に割れてしまった。戦士と、兵士だ。もう元の形には戻らない心が変わらずあたたかく大きくて、それだけで僕は泣いてしまいそうだったのに。アニの心は少しだけど確かに欠けてしまった。透き通った水色の彼女のハートにはひびも増えた。
ジャンがまじまじと自分を見つめているのに気が付いて、どきりとする。鳶色の瞳に、僕が映っている。
「じゃあ、また明日」
おやすみ、と逃げるように挨拶を済ませてベッド備え付けの階段を登った。ジャンの割り当てられたベッドは一番下の段だから、追いかけてくるようなことはない。成績が彼より上だったから最近観察されているのだろう。それ以外で、僕に興味もないだろうから。







ベルトルトも来るのか珍しいな、とコニーが目を丸くした。確かに、僕の付き合いは悪い方だ。ライナーやアニを見ていられないというのもあるし、一緒に居たら目で追ってしまうに決まっているから、それはまずい。
「……たまには外に出るのもいいな、と思って」
「訓練所には面白いもんないもんなあ」
文具屋に寄りたい、とマルコが言った。何か目的があるわけでもないし、お金よりは時間が余っている兵士たちに異論はなかった。明るい店の中に並べられた高価な封筒や便箋は、値段に相応しい高い紙の匂いがする。買えないほどではないけど、高い。出す予定もないのだけど。
「ベルトルトも一緒に買わないか。便箋が一人で使うには多いからさ、割り勘で。ジャンも買うから随分安くなるよ」
「はあ?何で俺が入ってんだよ」
陳列された万年筆を眺めていたジャンが不服そうな声を上げた。
「お前、手紙出せって催促されてただろ」
ちっ、と舌打ちの音が響く。お節介な友人に逆らう気はないらしい。
「ね。どう?」
同期には手紙を出す相手が居ない者も大勢居る。彼らの両親や、兄弟や、大切な人たちは僕が殺した。エレンの母親は、僕が蹴り破った扉の破片が家に直撃して、逃げ遅れたという。何も間違ってはいない。僕には、この子たちと一緒に手紙を書く資格がない。
「出す相手が居ないから」と、僕は拒んだ。珍しく正当な理由だったように思う。
「出す相手が居ないからって書いちゃいけないものでもないだろ」
マルコの視線も、言葉も、恐ろしく真っ直ぐだった。僕は逆らえなくなってしまった。
「……ああ。そうだね」
「そうだよな。出さなくたって書いてもいいんだ」
エレンは眉間に皺を寄せてどれを買おうかと迷いだした。ミカサは歪みなく「エレン、私が半分出そう」と横に並んでいる。美しい形をしたハートが温かい色に染まる。アルミンが「僕も居るから三等分だね」と下の段を覗く。
助けを求めようと見遣った先、視線の絡んだライナーが悪くないな、と笑う。
「兵士は手紙を遺すことも多いらしい」
親に出す手紙、兄弟に出す手紙、恋人に出す手紙。出さない手紙を大事に綴って、遺書の代わりにしている兵士は多い。いつ死ぬか分からないし、調査兵団なんか死体すら残らないことも多い、と僕の知らない兵士は半分の心をふわふわさせて、また笑う。
「この封筒と便箋可愛いよ。ねえ、アニ?だめ?」
アニはゆっくり息を吐いて、ミーナの誘いを受けた。

(ああ、ライナー、アニ。この人たちは、僕たちが、殺すのに?)







手紙に書くことが思い付かなくて、本を前に小さく唸る。皆で買って配られた僕用のそれは、綺麗に畳んで本に挟んであった。時間潰しの免罪符の本は、大人しくて優秀な兵士を演じるために必要だった。口に出す代わりに、鉛筆で薄く線を引くと気が紛れる。僕は元々口数もそう多くはないけど。
備え付けの階段がぎしぎし鳴って、ライナーだろうか、と思いながら顔を上げる。薄い金髪と鳶色が覗いて、ああジャンだ、と思った。
「起きてるか」
「うん」
ベッド最上段には僕とジャンだけだった。皆の声が遠い。
「ベルトルト、あのな」

ジャンが鳶色の優しい瞳に僕を映す。真摯で、酷薄さなんて知らないような瞳。
この子は何も知らない。巨人の恐ろしさも、世界の残酷さも、当然、僕の犯した罪も。

「俺は、お前が好きだよ」

胸に浮かぶ林檎と同じ色をしたハートが、とくとくと波打って緊張している。嘘は吐いていない。ジャンはいつでも自分に正直だ。ジャンの心を見たら、もう何も言えなかった。こんな綺麗なものを、どうして僕が拒絶できるだろう。

(すきだけど、すきじゃない)

それでも嬉しくて笑ってしまったのは、僕のミスだ。拒絶してあげれば、良かった。


「おー、お疲れさん」
食堂の机は、広くて大きい。人がほとんどいないからだろう、ジャンは自分の立体機動装置を調整するために使っていた。
「お前も憲兵団に来るってんだから、覚悟しとけよ。我らが優等生マルコ様にお付き合いしなくちゃならねえだろうし」
マルコは真面目で、本当に正しくまっさらだ。憲兵団、そう決められた僕の進路。
片付け当番の自分を待っていてくれたんだろうか、と考える。きっとそうなんだろう。
「……僕は。自分の意思がないし、性格は良くないし、勿論積極性もないし、優先するのは故郷とライナーだし」
「ああ?」
ジャンは手を止めて顔を上げた。じい、と鳶色の目が僕を映す。当番で使った配給のエプロンを外しながら握り締めて、更に俯いた。下を向いても表情を隠せないのは、承知の上だけど。
「だから、僕、ジャンにあげられるようなものは、何も無いよ」
「要らねえよ、別に。何も」
一つ年下の少年は眉間に皺を寄せて、怪訝そうな顔をする。
「……でも」

何もしてあげられないのに好きでいてもらうのは、おかしい。

「……はあ。んじゃ、あいにく心臓は人類に捧げちまってないから、代わりに、お前の心を寄越せよ。俺のはお前の此処に嵌め込んでやるから。それで、どうだ」

とん、とジャンの指が僕の胸を叩く。
そんなことは、出来ない。僕はハートを見ることができて、音を聴くことができて、でも本当にそれだけだ。ジャンは何も見えないだろうに、僕の一番欲しい言葉をくれた。物はきっと持っていけないから、君の言葉だけがいい。
僕は頷いた。それがいい。僕が貰っていいようなものじゃないけど。

「お前はそうやって自分が意思がないとか、積極性がないとか言っては自分を責めて、価値がないだとかどうしようもないだとか自分を傷付けてばっかりだけどよ」

一つひとつ、ジャンはゆっくりと言葉を紡ぐ。皮肉屋の彼が、揶揄しないで、唇の端を持ち上げずに言ってくれるそれがどれだけ貴重なものか、僕は知っていた。

「そのくそふざけた行動や考えやそこに至る背景や、何もかもを全部ひっくるめて、俺はお前が好きだよ。詳しいことは何も分かんねえけど、断言する」

目の前が滲んで、見えなくなった。頭が痛いくらいで、ぐらぐらと芯がぶれる。
ジャンが僕を甘やかす所為で、僕は独りぼっちだったとき以上に欲しがりで怖がりだ。

「自己評価の低さは自分もお前が優先する故郷やライナーも、お前を好きな俺も、貶めてることになるぞ」
「……ごめん」
泣いてごめん。好きになってごめん。
きっと濁って、淀んで、綺麗じゃない僕の心を君に渡すことになってごめん。
「別に謝ってほしいわけじゃねえ」
「ありがとう」

これは、甘えだった。恋じゃなくても良いんだ。君が居てくれて、僕は寂しくなくなったから。
嬉しい、と僕の心が叫ぶ。喜んじゃ、いけなかったのに。

(真っ赤なハート。君がくれた、僕のもの)







「お前の指示で何人死んだか忘れたわけじゃないだろ、ジャン!」


同期の言葉は鋭かった。
とくん、とくんとジャンのハートが僅かに軋む。ああ、傷付いた、と思う。
「……ああ、そうだな」
僕はいつも通り開いていた本を閉じた。マルコから受け取った便箋は白いままで、挟まっている。食事当番のジャンに付いてきたのだけど。夕飯前の食堂は、皆が空腹の所為か少し荒れる。
マルコが居なくなってからのジャンは自分がしなければいけないこともきちんと理解して実行できてしまう。彼自身の性格もあいまって、ジャンに投げ掛けられる言葉は厳しい。

「でも、その指示のお蔭で僕たちは、生きてるよ」

残酷な気持ちになったのは、自分が傷付いたからだと僕は知っている。助けて欲しいのと、気付かないで欲しい気持ちでいっぱいの僕の心の容量は本当に少ないから。
(何か言われたんだろ。そんなんで傷付いてやんなよ、馬鹿馬鹿しい)
違うかな、と首を傾げれば珍しく発言した僕に驚いてだろう、同期たちは引き下がった。
「……えと、芋剥いて、水にさらすんだったか」
「あ、じゃあ、俺は皿洗うな」
動きだした周囲をしりめに、ジャンは小さく舌打ちをして僕に顔を近づけた。
「……余計なことをしたね。ごめん」
怒られる、と反射的に身体を小さくする。
「……俺が傷付くのは、俺が認めた奴に何か言われたときだけだ。だからお前まで傷付いてやることねえよ。弱いところまで見せちまうから、好きってことなんだろうが」
ちゅ、と可愛らしいリップ音と共に額に唇が触れた。
「えっ、あっ」
気付くのと同時、触れられたところから熱くなる。
「余計なことしやがって、ありがとな!」
また後で、とジャンは笑う。
僕は酷いことをする。話したことも、過ごした時間も、存在でさえ偽物だから。君は騙されている。
出す相手が居ないからって書いちゃいけないものでもないだろ、とマルコが笑った。ジャンと同じ顔で。

(……ああ、手紙くらい、遺さなくちゃ)



君が口を開くたびに、好きだ、と紡ぎだされる言葉が怖かった。それを嬉しいと思う自分が疎ましかった。



ライナー。ごめんね。守ってくれてありがとう。君の心を壊してしまってごめん。
「……べる、とる、と」
「なあに、ライナー」
ライナーの喉がひゅうひゅうと鳴る。
大きなハート。半分のそれ。強い光だ。君は僕の光だった。
「俺は、今から、自分で死ぬ。死に損なったときは、殺してくれ。戦士のまま、死にたい」
「うん。分かった」
おやすみ、ライナー。訓練兵団の宿舎でそうしていた頃のように僕は囁いた。また明日。君の最期は兵士であった頃のように幸せでありますように。
「おい、ベルトルト」
ジャンの声が、泣きそうだった。綺麗な声なのに勿体ないなあと関係のないことを思う。
さよならを告げられるなら君が良い、と、選んだのは意思のない僕の望みだった。僕の胸に嵌め込まれているのはジャンの心だから、きっと仕方のないことなのだ。
ジャンの役目はさよならを告げることだった。僕たちのさよならは決まっていて、さよならを言うために少しずつ近付いた。君を騙して、酷いことをした。結果的にはそうなった。
「聴いてんのかよ!」
駆け寄って来た彼を引き寄せる。温かかった。
「……ふ、は」
君のこころを、ひとかけら。本当に少しだけ、林檎を齧るみたいに。
「ベルトルト」
待て、やめろ、お願いだから。ジャンは祈るように囁いた。
とくとくと波打つハートが僅かに軋む。ジャンが傷付いた証拠だった。それを嬉しいと思わずにはいられなかったし、いかに浅ましいことかも理解していた。だけどこれで、きっとジャンは僕たちのことを忘れないでくれるだろうと思う。優しいジャン、可哀想に。僕に好きなんて言うから、こんなふうに傷付けられるんだよ。
サーベルの替え刃を一枚、抜き取った。聡い彼は気付いている。ライナーを楽にしてあげなくちゃいけないから。

「さよなら、ジャン」

僕に在るのは君から貰った心だけだけど、君にあげた僕のそれが、綺麗だったら、いいな。 
PR

2013/10/12 00:00 | 進撃(SS)

<<あの日の僕は信じていたかった【エレベル】 | HOME | 泣き虫巨人と嘘吐きハート【ジャンベル】>>
忍者ブログ[PR]