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2024/07/03 19:07 |
求めるほどに失うよ【エレベル】

●11巻迄のネタバレ注意●

選んで欲しいエレンと選べないベルトルトの話し。


拍手[3回]



絶対に、手に入らないものが欲しい。

 

じりじりと砂を噛むような時間を、ただひたすら歯を食い縛って堪えて過ごす。闇に侵食された部屋の片隅で、膝に顔を埋め、押し寄せる過去の重さに押し潰されまいと。
ベルトルト、と闇を裂くように誰かが僕の名前を呼んだ。
幼さの残るまだ高い声。ずるずると暖炉の前まで真っ白な布団を引きずって来て、座り込む。暗闇のなか、エレンの金色の瞳が僕を映した。
「やっぱりベルトルトだ。今日はベッドから落ちたときに目が覚めたとか?」
「……そうみたいだ」
気付いたときには冷たい床の上で(僕の割り当てられたベッドは最上段のはずである)、消えた後の暖炉が温かくて傍で眠っていたらしい。
「眠れないのか」
珍しいな、とエレンは全く遠慮がない。静まった大部屋で、起きている気配は僕とエレンだけだ。
「ベルトルトは、巨人が怖いのか」
悪夢か、と一つ下の少年は小さな声で僕に尋ねる。
「……怖くない、って言ったら嘘になるかな」
その問いは当たりで、外れだ。
巨人は僕で、僕が怖いのは使命を果たすことのできない僕。


そして、君だ。


エレンは、僕たちにとって罪悪感と共に恐怖の対象だった。一匹残らず巨人を駆逐してやる、と宣言する姿は美しく、恐ろしかった。僕やライナーやアニも、その例外ではない。
そして同時に、エレンは安堵の対象でもあった。彼が居る限り、僕は僕を保っていられる。憎しみに満ちた金色の瞳に映されている間の僕はベルトルト・フーバーという訓練兵ではない。彼の憎む巨人であり、壁を壊した殺人鬼であり、故郷を求める戦士なのだと、忘れないでいられる。


(ずっと、もうずっと、僕は君の眼が怖い)


僕はどちらかといえば、この少年が苦手だった。
「……そうか」
エレンはごそごそと毛布を整えて、僕にも半分被せた。
「わっ……ありがと」
「ベルトルト、お前、笑うの下手だな」
どちらかといえば、巧い方じゃないかと思う。笑っていれば色んなことをやり過ごせると思っているのは間違いないけど。
「……そうかなあ」
「愛想笑いは巧いけどさ」
エレンはぐいぐいと僕にくっついて、手を伸ばして僕の頭を撫でた。
「生きるのも下手そうだ」
眩しそうに目を細めて、エレンは僕に笑った。憎い巨人に。人類の敵に。此処に居る仲間を殺す僕に。
ああ、ああ。


(馬鹿なエレン、きっと君は後悔する)


僕と話すこと、僕に笑ったこと、僕に優しくしたことを。
そんなことを考えながら、僕は涙を堪えるのに失敗した。失敗しただけじゃなく、僕はエレンに手を伸ばした。エレンは涙の止まらない僕をぎゅうと抱き締めた。小さな身体は温かかった。ぼろぼろと雫が落ちて、服や毛布を濡らす。
泣くなよベルトルト、ちっちゃい子どもみたいだな、と猫のように喉を鳴らして笑う。


(どれだけ絶望すれば、君は赦してくれるだろう)

 

 

僕が起きたとき、エレンは既に僕の隣から抜けだしていて「今日は布団ごとかよベルトルト」とジャンに笑われた。
「……そうみたい、ごめん」
「何で謝ってんだよベルトルト、ジャンに何か言われたか」
どこに行っただろう、と視線だけで捜していたエレンがひょっこり顔を出す。
「はあ?ふざけんな死に急ぎ野郎」
「脳内が快適な奴にとやかく言われたくねえな」
ああん、とジャンが売られた安い喧嘩を買った。喧喧囂囂議論し始めた二人を見て、ああいつも通りだな、と思う。
昨日の夜のことは何でも無かったかのように、エレンは本当にいつも通りだった。


きつい訓練の後は、皆寝るのが早い。それを見越してか、教官方の見回りの回数も少なかった。
就寝時間前に抜け出し、ライナーについてそっとアニに定期連絡をして、寝静まった大部屋に戻る。
「どこ行ってたんだベルトルト」
「ごめん、ライナー。もう寝るよ」
兵士のライナーに答えて、ベッドを覗く。エレンは最下段ですやすやと眠っているようだった。消灯時間は直で、下段のランプを消すマルコも眠そうに目を擦っている。
「ベルトルト?」
「何でもないよ、おやすみ、マルコ」
まだ小さくて華奢な身体だった。僕よりずっと小さくて弱いエレン、それでも、この瞳がいつかきっと僕を捕えて、殺す。
そっと屈んで、エレンの布団を肩まで引き上げてやる。
そのときがきて、僕たちの秘密を知ったら。


「ちゃんと嫌ってね」


耳元で囁いて、瞼にかかる前髪を直した。
指先に残る体温が名残惜しい気がして、それを振り切るようにベッドに備え付けられた階段を上った。
馬鹿みたいだ、こんなことをして。本当に、馬鹿みたい。

 

 

「化け物と罵られることもあるだろう、けど。エレンのその力は、きっと人類の希望になるよ。だから、負けないで」


ありがとう、とオレは一つ上の彼にお礼を言った。ジャンの言葉はきっと正しかったけど、ベルトルトの言葉がオレを励ましたのは違いなかった。優しくて、馬鹿みたいに楽観的な言葉。
 オレは化け物かもしれないのに、いつも通り接してくれたあいつらのことが好きだった。考えてみれば当然だった。こいつらは巨人だったんだから。自分と同じ巨人になれる者の何が怖いものか。
ベルトルトの笑った顔、温かい温度、オレにくれた言葉。ちゃんと嫌ってね、と耳元で囁かれたそれ。夢のような日々。


(……ああ、そうか、にせものだったのか)


俺が後生大事に胸に抱えていたものは、全て偽物だったのだ。


「オレは頑張るしかねえ。頑張って、お前らができるだけ苦しんで死ぬように努力するよ」


表情を動かさないベルトルトの瞳は、閉じ込められた夜の色をしている。目も耳も全部そこに集中してしまうような、綺麗な色だ。何も変わらない。こいつらが作った紛い物の日々が存在したことに変わりはない。オレの気持ちも。
それがひどく、腹立たしい。


(オレを、選べよ)


そんなことはしないと分かっている。
ベルトルトは、オレを選ばない。絶対に。何があっても。
顔色一つ変えないベルトルトはいつものように愛想笑いをして、オレに問う。
「ねえエレン、僕が憎い?」
低い声が耳を打つ。オレはこの声が大好きだった。君はどうして、と問うた優しい声と言葉。何でも出来るのに、夜には独りで泣くところ。好きじゃない。これは、憎しみだ。
「ああ、殺してやりたいくらいにな」


「たぶんね、僕は君っていう人間のそういうところが好きだったよ」


ああ、ちくしょう。本当に、お前は生きるのが下手くそだ。

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2013/09/12 00:10 | 進撃(SS)

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