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2024/07/01 18:36 |
笑っていてよ。【雷鉢】
君になれない私の話。

ときに、本日は鳴神月(雷)の八日、雷鉢の日だそうですね。


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わたしは あなたになれない そのこと の かなしみのあまり わたしがあなたを だきしめるとしても
わたしとあなたが いつか おなじひとつのりゆうで なみだをながすとしても

『あなた』 谷川俊太郎



君は必ず、僕を好きになるよ。
僕は不破雷蔵。君は鉢屋三郎だもの。

少年はにこりと笑った。名乗った直後だったし、あまりにも唐突だったので、笑うしかなかった。
(面白い!)
私は彼を好きになるという。名前しか分からぬものを。
「鉢屋三郎は、必ず僕を好きになる」
「ははっ、やってみてくれ」
一通り笑って、楽しそうな彼を見る。ふんわりと柔らかそうな茶色の髪。清潔感のあるシャツと淡い色のズボン。
同学年なのだろう、同じ教科書の覗く鞄は少し大きい。
「不破雷蔵と言ったっけ」
「うん。雷蔵でいいよ」
「罰ゲームではなさそうだ。どこかで会ったことが?」
慎重に言葉を選び、反応を観察する。嘘を吐いているようには、見えない。
「あるよ。でも、君は覚えてないんじゃないかな」
きらきらと輝く瞳。私が彼を観るのと同じだけ、観られている。
目立ったところは何もない、同世代の男子だ。面白いことを言う。
「記憶力には自信があるんだけど。教えてくれないのか?」
「ふふ。僕を好きになったらね」
光が瞼にとまってきらきらと光っていた。


「うわああああ!!」
初めて雷蔵と会ったときのことを、思い出していた。
正確には、初対面ではなかったのだ。あの頃の記憶は甦ったばかり、ところどころ不鮮明なまま。
それにしてもなんてことを言っているんだ、私は。雷蔵もだけど。
私が雷蔵を好きになる。愚問だ。日が昇ったら沈むのと同じくらい当たり前のことだ。
(――私が、好きになるとは言ったけど、雷蔵は?)
気付いてしまった。
私は雷蔵が好きだ。だけど、雷蔵が私を好きになってくれるなんて、そんな保証、どこにもないじゃないか。
当たり前のことに今更思い至って、枕を抱えて、少しだけ泣いた。


「どうしたの、三郎」
浮かない顔だね、と雷蔵は腕に本を抱えて。
図書委員をしている彼は、驚くなかれ、それはもう素敵だ。
たとえシャツの端っこがズボンからはみ出していようとも、かけたメガネが少しずれていたとしてもだ。思い出したとは伝えずに、いつものように図書室で仕事をする雷蔵を見ながら話しかける。
「そうでもないよ」
「さあどうだろう」
雷蔵は少し目を伏せて本を選ぶ。本を棚に並べていく配架の音。
「……君は、私のこと、好きかい」
私は君にはなれない。変装してもなれなかったものを、生まれ変わってしまえば同じ顔ですらいられなくて。
そのことが悲しくて、情けなくて、雷蔵をぎゅうと抱きしめて泣きたかった。せっかくのチャンスだったのに。いや、そもそも忘れていた私が、おかしい。
彼は振り返った。じい、と丸い目が私を映す。不破雷蔵の面影など何もない私を。
雷蔵の両目にじんわり涙が滲んで、そのまま零れ落ちた。絨毯の敷かれた図書室の床に、ほとほとと彼の涙は落ちた。
「すきだよ」
昔は、こんな泣き方をするような人ではなかった。
子どもらしく、年齢に相応しい泣き方をして、ふざけるな、僕もお前が好きなんだよと大きな声で彼は私に叫んだ。
有無を言わせず、本音を吐かせた。私は雷蔵からだけは、逃げられない。
涙を拭おうと伸ばした手のひらは、雷蔵のそれに包まれてしまった。泣き笑いをするように、雷蔵は目を瞑る。
「お前は僕にはなれないよ。別々に生まれることができて良かった。今も、昔も、もうずーっと前から、僕は僕になりたがるお前が好きで仕方がないんだ」
どうやって死んだかも、私は思い出している。
戦働きは気が進まなかったけれど、城勤めする忍びの務めだった。命じられたのは不破雷蔵で、伝令に選ばれたのが鉢屋三郎だった。命を受けた私は、彼に伝えないまま、役目をこなし、不破雷蔵の顔をまとって戦場で死んだはずだ。
(雷蔵は、どうだっただろう)
彼を守りたいと私が願ったままに、私の変装は見破られずにそのまま葬られただろうか。君は逃げてくれたんだろうか。
「雷蔵」
雷蔵は今生に生まれてから、ずっと一人で抱えていたことになる。
暢気な私は、再会してすぐに思い出すこともなく。相変わらず君にもなれないままで。
だけど、今はきっと、同じ理由で私たちは泣いている。
「今度は、さよならも一緒にしよう。お前は妙なところで詰めが甘いんだから」


笑っていてよ。
(私は君にはなりえないけども、と、私の声色で彼は言った)


「さて、そうと分かれば勘ちゃんにも教えないといけないなあ」
「げ、勘右衛門の奴覚えてるのか」
同級生の名前が上がるとは思わなかった。進学クラスに在籍する尾浜と雷蔵は不思議と仲が良い、と、昨日までの私は思っていた。当然だ、何百年前からつるんでいるのだか。
そうだよ、と楽しそうな声。君が楽しいなら、私はそれでいいけど。
帰り道、人がいないのをいいことに、雷蔵は楽しそうに繋いだ手を振る。少しばかり雷蔵の力が強いので、私は振り回され気味だ。
「さて、僕を好きになったかい、鉢屋三郎」
百年の恋とは言うけれど、私のこれは百年どころじゃないわけで。
「意地悪な質問はやめておくれよ。勿論だ、不破雷蔵。なんといっても、不破雷蔵あるところ、鉢屋三郎ありさ!」



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2013/06/07 23:54 | RKRN(小噺)

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