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2024/09/29 11:16 |
誰そ彼【学級と捏造五年】
(あなたはだあれ?)

すっかり秋ですね。黄昏時になると本当に目の前に居る人も誰なのか分かりません。

※三郎は鉢屋衆の跡継ぎで、雷蔵がお供。次屋も知ってる。左右コンビが実はお目付け役だけど、三郎は左右コンビのことは知らない。以上を踏まえて大丈夫という方のみ、どうぞ。




拍手[1回]



学園長先生の思い付きに付き合うのは僕たちの仕事である。
庄左ヱ門と二人、庵まで呼び出されていた。学園を巻き込んでの思い付きならノリが良い鉢屋先輩を呼びそうなものだから、きっと違うのだろう。
「お前たち二人にお使いを命じる。裏々山を越えた惣菜屋から油揚げを買って来ること。数は六つじゃ」
はい、と二人で返事をする。買い出しのお使いはよくあることだ。
「もうすっかり紅葉の季節じゃな」
学園長先生がにぃと笑った。


油揚げは案外あっさり手に入った。惣菜屋のお姉さんは優しくて、「お使い?偉いわねぇ」と煮豆を食べさせてくれたくらいだ。
帰り道にはどんぐりが一面に落ちていた。
は組の皆を連れて来たら喜びそう!そのときは彦四郎も一緒に来る?
い組も誘ってみるよ。証拠にちょっと拾って行こうか、まだ時間も早いし。
話しながら、余分に持ってきた包みにどんぐりを詰め込んで。
気付いたときには薄明るい闇が辺りを包んでいた。橙色の光が時折差し込む。
「帰ろうか」
掛けた声が心細そうになって少し恥ずかしい。
「そうだね、戻ろう。日が沈むのが随分早いみたい」
庄左ヱ門が相変わらず冷静に言った。
ガサ。背後の草むらが立てた音に飛び上がる。恐る恐る振り返ると、群青色の装束が見えた。
「二人共遅いんだから!迎えに来たよ」
「先輩!」
光の加減で顔がよく見えないけど尾浜先輩だ。そんなに遅くなっただろうか。
「こっちにおいで。行こう」
「……待って」
一歩足を前に出したところで、庄左ヱ門が僕を制止した。
「学級の狐と狸、どちらに見える?」
学級委員長委員会の先輩方が食えないのを皮肉って呼ばれるあだ名だ。鉢屋先輩が狐、尾浜先輩が狸。
「狸」
尾浜先輩お一人なのだから、狸に決まっている。
「僕は狐に見える……何かおかしい」
同じものを見ているのに。
僕は息を呑んだ。じゃあ、この人は誰だ。
名前を言ってご覧、と目の前の人影が囁く。どちらが当たっているかな。
「言ったらダメだよ」
庄左ヱ門は注意深く僕の名前を呼ばないようにしている。
「呼んでもダメ、だね……どうする」
これは何だ。敵だろうか。だけど。
頭の中でぐるぐる考える。
どうしよう。何が出来る?


「うちの後輩を連れて行ってもらっては困るな」
朗々とした声が楽しそうに響く。
自分の名前とは別の顔を持つ変装名人が、そこには居た。不破先輩の顔をした学級の狐。
「そちらは供え物だから、全く構わないが」
彦四郎が取り落とした油揚げを顎で示す。
最早人の形であるかすら判然としないそれと、鉢屋先輩は対峙する。
軽口ばかりの普段の様子からは想像もつかない。よく回る口が閉じて、沈黙の中視線はどんどん冷たく、動かなくなっていく。身体の芯が冷えるような眼差し。じわ、と彼の中に潜んでいるものが滲み出る。気配が変わる。
(……優しいだけの人ではない)
研ぎ澄まされた空気が肌を撫で、神経を逆撫でされる。殺気から逃げたいと願う身体を押し留める。動いてはいけない。まるで戦場の感覚だ。呼吸も停止してしまったかのように、先輩が動かなくなってからどれくらい経ったのか。多分数秒のことなのだろうが、僕はこの時間を永遠にさえ感じた。
対峙していた気配が消えたのと同時、鉢屋先輩の手が僕たちの頭を撫でる。
「お使いお疲れ様、二人共」
「は…ちや、先輩」
気を張っていた分、力の抜けた声になった。彦四郎もそうらしい。
「本物の先輩ですね?」
「うん、いかにも鉢屋三郎だ」
鉢屋先輩は目を細める。
あれはたぶん、人じゃない。物怪が出ることを学園長先生はご存知だったんだろうか。
「今は誰そ彼時、相手の顔が見えない時間だ。大禍時とも、逢う魔が時とも云う。名前を問われたろう?」
僕と彦四郎は首を縦に振る。
「……たそかれ、ですか」
貴方は誰、と問う声。名前を言ってごらん。
「そう。だから、名前を問われても答えてはいけないよ。物怪かも知れないから、そのときは私の名前をお呼び」
「先輩は、大丈夫なんですか」
「私のは特別製だからな」
楽しそうに鉢屋先輩はくつくつと笑った。
「“鉢屋三郎”は間違いなく君たちの味方だよ」
僕たちがはぐれないようにか、先輩の長い指が手を握ってくれる。
「油揚げ、なくしてしまいました」
落とした筈の油揚げは見当たらなかった。持って行かれてしまったのだろうか。
なあに、構いやしないさ。歌うように彦四郎に答える。
「帰ろうか。両手に花だな」
握った指先がちりちりと燃えるように感じた。殺気の残滓。僕たちには決して向けられることのないそれ。
「庄左?どうした?」
ぴりぴりした感覚が消えていく。
「いいえ、何でもありません」
僕たちは守られているんだな、と少し目を閉じた。
指先には確かな温度があった。



「おい、左の。獣はきちんと躾けてもらわないと困る」
少年は戻って早々文句を言った。風向きが変わって血の臭いが立ちこめる。
彼が手にする万力鎖がぶんと振られ不穏な音を立てる。
「俺が山賊を排除してる間に何とかならなかったのか?」
「野狐まで俺に言われてもなぁ」
左の、と呼ばれた少年は肩を竦めた。ぼさぼさの髪が揺れる。
虫獣遁を使った状況把握を止めてうーんと伸びをした。
「弥之三郎様に何かあったら困るだろう?」
「何かあったら付和雷同が何とかするさ。今も張りついてるし、左右が出るまでもない」
そうだろう右の?と確認するように言った。肩の力を抜いて、顔を見合せて笑う。
「………まあね。あいつは本家直属のお供だから当然だけど」
「戻るか。勘右衛門は迎えに行けよ、同じ委員会なんだし」
声を掛けられた“右”は“左”に頷く。
「うん。また後でね、八左」

山の中に人間の気配は自分のものだけになった。ここに人間はいない。一人だって。
「……俺たちだって特別製だよ、三郎」
よくできた贋物だ。



萌黄色の装束の先輩が、門の中にはぼんやりと立っていた。
「三年ろ組の次屋三之助先輩」
「どこかへお出かけですか?」
僕が名前を呼んで、庄左ヱ門が問い掛けた。
ここは学園の出入り口だ。帰って来たばかりだけど、もう外はすっかり暗い。
「あー、学級委員長委員会の……んー、食堂探してたんだけど、食堂がどっか行ったみてえ」
そんなばかな。どうしたものか、金吾がすぐどこかに行っちゃうんだよ次屋先輩、と言っていた気がする。
「また迷子か、次屋」
入門表にサインした鉢屋先輩が笑いながら声をかけた。
「あ、今日こいつらにやたら“ついて“るのって、鉢屋先輩の所為っスか」
鉢屋先輩を捉えると、次屋先輩の眠そうな目がぱっちり開いた。
「えっ」
彦四郎は裏返った声を出した。さっき怖い思いをしたばかりだから、仕方がないかも知れない。僕だって思い返すと少し怖いのだ。
「害があるか?」
次屋先輩は上から下まで点検するように僕たちを見て、鉢屋先輩に答える。
「そこまではないでしょうけど」
「何かあったらまた頼む」
「そのときは何か奢って下さいよ」
次屋先輩は軽く走るようにして移動を始めた。珍しく方向は合っているようなので、声は掛けない。でもきっと途中で曲がっちゃうんだろうな、と思いつつ見送る。
「あの、鉢屋先輩、僕たちなにか……」
彦四郎は鉢屋先輩の顔を伺うように上を向いた。
「なに、気にすることはない」
そうだろうか。今度次屋先輩に何が見えたのですかと聞いてみたが良い気がする。
「お帰り、彦、庄左!」
「私には挨拶なしか、勘右衛門」
本物の尾浜先輩が出迎えてくれた。頭をくしゃくしゃと撫でられてくすぐったい。
「お迎えなんてお前も過保護だねー鉢屋?」
「お前も行きたがっていただろ?い組の仕事で仕方なく来なかっただけで」
そうだ、先輩方に教えておかないと。包みを広げてみせる。
「これ、どんぐりです。あの辺りにいっぱいあって!」
「あそこにはもう行ったら駄目でしょうか」
せっかくいっぱいどんぐりがあるのに勿体ない気がした。
「い組とは組で?」
尾浜先輩の言葉に首肯する。
「んー……一年ろ組も一緒に行くなら、俺から先生方に頼んであげる」
「本当ですか!」
にっ、と尾浜先輩は笑う。
「安藤先生には、い組の方がいいでしょ?」
「五年の時間が空いてるときなら引率の手伝いもするし、な。一年だけでは駄目だぞ」
早速は組の皆に話さなくては。
「はい!あ、学園長先生にご報告を」
「引き受けた。ほら、早く行かないと夕飯を食べ損なうぞ」
鉢屋先輩が背中を押してくれた。


ありがとうございます、と嬉しそうに二人で走って行く。微笑ましい。
「さて、私は顧問に報告と文句を言いに行こう。お前はどうする?」
「先に雷蔵を連れて食堂に行くよ。また迷うだろうしね」
俺はふふ、と声を出して笑う。
「何だ」
鉢屋の表情は後輩二人のお蔭ですっかりゆるんでいる。仏頂面してみせたってだめだ、分かるんだから。
「お帰り、鉢屋。無事で何より」
だから俺は何度だってお前の名前を呼んで、思い出させるよ。



次屋三之助の生家は神社であり、鉢屋衆の逗留場所のひとつである。
協力者と云うが、どうも向こうの立場が偉い気がする。と、三之助は幼心に思っていた。
「失礼のないようにな」
逗留場所であるからこそ、次屋の家は鉢屋の秘密を僅かながら共有するものだ。
忍術学園に跡継ぎが在籍しているというので、三之助はしつこく言い含められた。失礼も何も、今まで話したことだってないのだ。本当の顔も知らない、ただの後輩になるだけ。
弥之三郎様、と呼び掛けるとぎょっとした顔でこちらを見た。萌黄色の装束。
「……次屋。その名で呼ぶな、知らぬ者がほとんどだ」
「はぁ。すみません、鉢屋先輩」
相変わらず、この人の周りには俺を呼ぶものがいっぱい“居る”。こんなに多いのは先生方くらいだ。
「護衛は要らない、身代わりも。そんなに弱くはないし、優秀なともが既に居るしな」
「そうスね」
不破先輩が居る。一人だけということはないから、きっと他にも。
「だからお前は、この学園で自由に楽しめば良いよ」
“鉢屋三郎”は目を細めて楽しそうに笑う。
きっとこの人の「とも」はお供のそれではなかった。友。不破先輩はこの人にとって友人なのだ。


「もうあのときの弥之様と同い年かあ」
早いもんだ、とぼんやり思う。
おぉ、あっちが食堂か。ざわざわとさざめく声に頷くと、三之助!と己の名を呼ぶ声がする。
「三之助!てめぇやっと見付けたぞ!」
「作」
富松作兵衛は肩で息をするようにして近寄る。
「どうしたの」
「どうしたもこうしたもお前が居ねぇから探しに来たんだろ!」
言いながら要領よく縄を三之助の腰に巻く。作兵衛は器用だ。
鉢屋先輩にとっての同級の先輩方のように、俺にも友達が居る。
黒木や今福が委員会に入ったからか、五年生になってからのあの人は特に楽しそうだ。
「……鉢屋先輩みたいに、俺のこと呼んでくれる人が居るのって、凄いことだな」
「三之助?」
作兵衛の声には疲れが滲んでいる。
「作兵衛、お腹空いた」
「俺もだよ!誰の所為だ!」



「油揚げのお使いに行って怖い目に遭った?」
食堂で定食を食べながら、酷い話しだ、と兵助は憤慨する。
「学園長先生の思い付きにも困ったもんだな」
八左ヱ門はわずかに眉を顰めた。
「全くだ。それくらい俺も作れるのに」
「やっぱりそれかこの豆腐小僧……」
「豆腐の何が悪い!」
「お前の話しだ兵助!」
喧喧囂囂言いだした鉢屋と兵助を差し置いて、雷蔵が俺に笑う。
「二人共無事で良かったね、勘ちゃん」
「まぁたまには鉢屋の過保護も役に立つってことだよー」
俺は煮豆をつまんで口に運ぶ。
「……先に食べていたって良かったんだぞ、夕飯くらい」
三郎の言葉に、一人待ちぼうけして待っていた兵助が笑う。
「別に待ってたって良いんだよ、夕飯くらい」
おばちゃんが怒らない時間ならな、と八左ヱ門も笑った。
「お前と一緒に食べたが美味しいもの」
雷蔵の言葉が止めだった。
「だってさ、愛され鉢屋!」
じわじわ赤面していた鉢屋は口を動かして、何も言えないまま顔を隠すように机に突っ伏した。真っ赤な耳が見えてるけど、教えてやらない。
「明日の実習見てろよ勘右衛門……」
「あはは」
だって、お前が大事にされてるのは周知の事実だろ!


誰そ彼
(それはお前が何者だって変わらないよ)

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2011/10/23 00:37 | RKRN(小噺)

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