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2024/07/01 18:45 |
遊びましょ【庄鉢】
庄左ヱ門と鉢屋先輩の真似っこの話し。



拍手[1回]






水が冷たく心地よい。さらさらと流れる音だけで十分に涼しかった。
器用に自分の袴をまくり上げた鉢屋先輩が庄左ヱ門、おいで、と笑う。色が白くて、川の水に反射する。
それもそうだ。先輩は忍びのタマゴで、僕よりもずっと長い間それを目指していて、忍びの時間には太陽なんて照るはずもないわけで。
「あ、袴の端を結んであげようか」
あまり楽しそうにしておられるから、考えるのをやめた。乱太郎たちから聞いたことを思い出して、指摘する。
「鉢屋先輩、今朝悪戯されたでしょう。学園長先生の盆栽に」
それはもう一部は真っ黒に墨塗りされていたとかで、盆栽の植木鉢は伝子さんの文様が浮き出す仕様だったと聞く。手の込んだ悪戯だ。この人以外に有り得ない。
「おやもうバレたの。困ったな」
長く美しい指。
鉢屋先輩は僕の裾をめくり上げながらころころと声をあげた。
「嘘はいけません」
「良い子の一年は組の学級委員長さんは、嘘吐きな鉢屋先輩と遊んでくれない?」
ざあ。風が吹いて緑の匂いが満ちた。もうすぐ夏が来る。
困っていないくせに、という顔をしたら先輩は目を細めた。全部ご存知でしょうに。
「僕は、好きですよ」
うそつきはちやせんぱい。
囁くとそのまま、吐息が絡んだ。
「……あついです」
「私は涼しいよ」
きらきら、鉢屋先輩の琥珀色の瞳が光る。どんな季節も貴方と居るだけで貴方の色だ。
そうでしょうね、と返す。涼しい顔をして。何でもないみたいに。
「庄ちゃんってば冷静ね!」
鉢屋先輩は僕の気持ちを知ってか知らずか、一年は組の声真似をした。


遊びましょ


土井先生の授業で、人称を使い分ける勉強をした。わたし、ぼく、あなた、きさま、きみ、などなど。
授業中に、僕は凄いことに気付いてしまった。
「……わたし。私」
僕の好きな人の一人称。わたし、と先輩の紡がれる言葉は静かで美しい。
変装する相手によって変えられるのだけど、誰の真似もしていないときの鉢屋先輩は私を使われることが多いように思う。
一人称ならば勝手に真似することができる。変装名人でない僕だって。
「私、は、黒木庄左ヱ門です」
布団の上で枕を整えながら練習していると、伊助がごろんとこちらを向いた。
「庄ちゃん、なんだか似合うよ」
「そうだと良いな」
たくさん使うよ、いっぱい使って、馴染むようにする。こっそり練習して上手になって、驚かせよう。
伊助は頷くとぐーんと伸びをした。
「庄ちゃんが私って言うの、カッコイイね。僕も頑張らなくちゃ。負けないぞー」
「伊助、もう僕って言っちゃってる」
「あー!」


学級委員長委員会の途中、おやつにしようということになった。
「お皿とお茶が要るね」
尾浜先輩が文机を持ちあげながら言う。彦四郎は反対側を持っている。
「あ、私が淹れてきます」
僕も行こうか、と彦四郎が動こうとした。鉢屋先輩が筆を片付けて立ち上がる。
「いや、良いよ、私が一緒に行こう」
「宜しくねえ」
急いで頭巾を巻いた。
学級委員長委員会室を出て、二人で廊下を進む。
委員会室と食堂は少々離れているのだ。進んで、渡り廊下。とんとんと僕の軽い足音が響く。先輩の足音はいつものように消されているのだろう、全くしない。
尾浜先輩はひらひらと手を振っておられた。
(……ああ、これは絶対に、気付いておられる!)
尾浜先輩は五年生の先輩だ。人の観察は怠らない方で、それなら、当然。
「庄ちゃんが私って言うの、良いね。好きだな」
「ありがとう、ございます」
やっぱりそうだ。もっとうまくなってから言おうと思っていたのに。予習のし過ぎで浦風先輩の真面目が伝染ったに違いない。
「私の真似っこ?」
鉢屋先輩は少し屈んで僕を覗き込んだ。楽しそうな瞳が映る。今日も綺麗な色。
「御明察です、とお答えしますね」
「えっ」
先輩は立ち止った。僕も続く。いつも顔色なんて出さない人なのに、わずかに覗く首筋が、ほんのり赤い。
「自分で言って照れないでください」
恥ずかしいので、と。言い終わったときには顔から火が出そうだった。
「あ、ありがとう……?ええと、うん、嬉しいよ」
「……そんなこと仰ると、ずっと真似っこしてしまいますからね」
何だかくらくらする。これが好きだという気持ちなら、なんと思い通りにならないものか!
「やってみてごらん」
そういって鉢屋先輩はやっぱり何でもないように、笑った。
「わたしのすきのつたえかた」


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2013/05/17 00:00 | RKRN(小噺)

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